気がつけば涙が零れていた。
馬鹿な。
泣く資格など自分にはないと、涙腺の使用を停止したのはまだ10代も前半の頃。
叫びだしたい衝動と、胸に荒れ狂う暗雲と、そして握りしめた拳の中に残る、彼のひとひらの体温。
指先のあの少し乾いた熱い肌の感触によって生じた刹那の恐れに、
いつだって自分の機微に敏感な彼は曖昧に笑って、そのまま、・・・そのまま部屋を出た。
残された自分は力なく蹲り、いつになく強く響く心音を耳にしながら、気づけば泣いている。
こんなに弱いはずがない。こんなに弱いはずがない、俺が。
俺はもっと、きちんと立つことができる人間のはずだ。
・・・何もなかった。ただ彼が明確な意志をもって自分に触れただけだ。
その奥にあるものを見て見ぬふりをしていたのは自分。
その波に溺れそうになったことを今更に自覚して立ちすくんだのも自分。
二度とこの部屋に彼が来ることはないだろう。その確証が推理するまでもなく事実として認識されてる。
俺の傍らにいることよりも、俺が俺自身でいられることを選んだ馬鹿な男。
指先の温度ひとつで胸の奥に踏みこんだ。涙腺の鍵をこじ開けた。
公然の秘密ですらあった好意を告げることもなく、ただ笑って。
おまえの腕ごと、俺は俺だったはずなんだよ。あの瞬間までは。
おまえの腕がなくなっても、俺は俺のはずだったんだ。あの瞬間までは。
混乱するままに、ただ涙だけが流れ続けた。
「だー、もうええかげんにせえよっ!」
たまりかねたような叫びが、工藤邸のリビングにエコーした。
茶を飲みながら、ころころと涼やかに笑いあっていた有紀子と静華は、犬が吠えている姿を見るような目で平次を見た。
お茶は新一がいれさせられたものだ。平次は静華の手土産である京の和菓子を皿に出し、盛り付けに文句を言われていた。
久々の逢瀬に母親が大阪からついてきたあげく、工藤邸についてみればみたで待ち合わせをしていたという有紀子が手を振ってリビングに座っていた。
頭痛をこらえるような素振りの新一と目があえば、しょうがねえよと言うように無言で首を振る新一の姿。
今年に入って何度目のことだろうか。母親同士が仲が良いのは嬉しいが、何も息子らの逢瀬にあわせなくてもいいだろうに。
しかも一日中こうして給仕をさせられたうえ、新一にいまだ触れることもできないのではフラストレーションが暴発しても仕方がない。
何週間ぶりと思うてんねんっ!
心の叫びはどうやら新一も同じだったようで、加勢はしないまでも平次を止めることもしない。
「もう俺らもいい大人やで!少しほっといてくれえっ」
平次の哀切たる叫びに、同感と新一は頷いた。けれど、その言葉は女性陣の気にいたく障ったらしい。
「へえ」
「そういうこと、言うんだ?」
不穏な空気を漂わせながら、二人の母はにっこりと笑った。
自分たちが何やら地雷を踏んだことを悟り、無意識にじりっと後ずさる。
おもむろに有紀子はかばんから携帯電話を取り出すと、アドレスから電話番号を拾う。
それを耳元にあて相手が出るまでの間、妙な迫力に押された二人はただ固唾を呑んでことの流れを見守った。
「あ、もしもし蘭ちゃん?お久しぶりー♪赤ちゃんは元気?・・・そーお!それはよかった。」
げ、と新一の口から、彼らしくもない声が零れる。
「男の子は大変でしょう?…ねえ、やっぱり。なら男の子を産んだ先輩ママの話聞きたくない?」
「ちょっ、母さん何を…」
雲行きの流れの怪しさに、慌ててとめに入ろうとした新一を視線だけで静華が止める。
畳んだままの扇子を口元に運んで、ふうっと笑う姿は年齢以上の艶やかさを伴っているが、それが今はなおのこと恐ろしい。
ピっと小さな電子音とともに電話口の向こうの声が聞こえた。スピーカーフォンにしたらしい。
『もう本当やんちゃで困りますよー。そうそう、この間1歳半検診だったんです。』
「そうだったの?なら、剥く話とか出たんじゃない~?」
『ええ、検診の時に看護士さんに指導されました。でもよくわからなくって。おばさまはどうしてました?』
聞こえてくる電話の内容は、蘭の子供に関する話らしい。
彼女は2年ほど前に結婚して、今や一児の母だ。
しかし剥くって、ナニヲ?
「私はお風呂で、…もちろん私が剥いたの。最初は嫌がってたけど、そのうちちゃんとするっと剥けてねー。平次君は?」
「うちは最初のうちは私が剥いたんですけど、そのうち自分でオムツに手つっこんで遊んでましたわ。」
「あら、じゃあ最終的には自分で剥いたんだ?」
「だけどねえ、かまいすぎて雑菌繁殖。医者で薬もらってしばらく塗るはめに。」
これが狙いかー!!!!
すでに妙齢の男二人が声にならない悲鳴を上げる。
ここまでくれば剥かれたものがナニかなんて、どんなに鈍くたって気付くだろう。
新一に至っては、それを昔好きだった子に暴露されるなんて、最低だ!と叫びたい。
まして隣の現在進行形の恋人に聞かれるなんて、いやあげく聞かされるなんて、
頼むから止めてくれと、ゼスチャーと青くなった顔色で二人は懇願するがさらりと無視される。
電話の向こうの蘭は、この会話を新一たちが聞いていることに気づかないのだろう、笑いながら頷いている。
昔自分が好きだった人間だろうが、参考になるなら何でも吸収したいと一生懸命話を聞いている様子が伝わってきて、
新米ママらしい質問がちょこちょことかわされていく。
そのうち男の子の暴れっぷりに手を焼いている愚痴になり、母親3人による男の子のいたずら自慢になり始めた。
「裸のままで庭に脱走して、池に飛び込んで溺れかけたり、」
「夜泣きがひどくて、おぶって一晩徹夜したり、」
「公園の滑り台の階段を突然逆送したり、」
「深夜のベランダで一人運動会してたり、」
「新築の家の壁にシュークリーム塗りたくったり、」
「かまってほしいからって自分で壁に頭打ち付けながら痛いと泣いて私を呼んだり、」
「段差1メートル以上のところから飛び降りたり、しかもそれで植木に突っ込んでたり、」
「勢いよく走って網戸突き破って転がり出て顔面殴打とか、」
過去をひとつひとつ暴露されていく都度、ざくざくっと目に見えぬ矢が心臓を射抜く。
小さい頃の話といっても、それらはおそらく彼女らの手によって全て映像で残されていることだろう。
ここで下手に反撃しようものならば、その報復がどんなものになるかなんて、恐ろしくて考えたくもない。
「「「男の子って、大変よね~え?」」」
ひとしきり男の子の育児についての話が盛り上がり、それを延々と聞かされた育てられた当の本人たちは
その内容にぐったりと打ちひしがれる。
少し疲れていた蘭の声が明るくなったのを見計らい、有紀子は笑顔で電話を切った。
二人の母はソファから立ち上がると、ひれ伏すように倒れる息子二人を見下ろして鼻で笑う。
「あんたら二人が今、遠慮なく乳繰り合えるのは誰のおかげか、ようわかったか?」
「母親にとって、子供はいつまでたっても子供にしか見えない理由がわかったかしら?」
昔から勝てないとは思っていたが、その理由をこうして明確に理解する日が来るとは思わなかった。
「はい…。」
「すんませんでした…。」
力なく頷きながら、二人は無意識のうちに正座して頭を下げる。
「そう、わかればいいのよ。それじゃあ行きましょうか?」
「そうやねえ。さっさと支度しい。」
珍しく思考の停止した名探偵が首を傾げると、稀代の名女優と大阪府警のトップの妻は優雅に洋服と和服の袖を翻す。
「母親に感謝の気持ちを見せてちょうだい♪」
「今日はフランス料理がええねえ。」
しっかりエスコートしろと、遠まわしに告げれば勢いよく返事をしながら慌てて息子たちは部屋から飛び出した。
扉の向こうに着替えをするために消えた二人を見ながら、母親らは少し寂しげに笑う。
この両手に抱きしめた小さなぬくもりは、いつまでも消えない。
けれど確実に飛び立ってしまったことを誇らしく思うと同時に、やはり寂しい。
だからたまに、こんなふうにからかいに来たっていいではないか。
「うっとおしいくらいが、親はちょうどいいのよね。」
「ほんまに。」
顔を見合わせて、少女のような朗らかさでいまや家族となった二人の母親は互いに頷きあった。
※池に落ちた以外は実話です。
吐きそうになるのを耐えながら必死に逃げ道を模索する。
これほど動いても、足も腕も拘束は緩まない。
せめて縄ならば、多少緩むこともあるだろうがプラスティックでは刃物しか役に立たない。
細い拘束具が服の上から擦り、押さえつける手が確かめるように指をねっとりと動かす度に鳥肌が立つ。
細胞全部、一つ一つまでもが拒絶を示す。
当たりまえだ。全部、あいつしか受け入れない。
男が新一の横に膝を突き、もう一度注射器を目の前に掲げてみせて笑った。
押さえられたままの腕からシャツをめくり、新一の肌を晒す。
注射器が震えた。男の歓喜が、冷めた振りを装いながらも抑えきれぬ興奮が滲み出ている。
針の先端が新一の腕へと吸い込まれ、中にあった透明の液体が見る間に減っていく。
「もうじき、気持ちが楽になる。」
「ああ…早く、したいわ。」
腕を押さえていた女の一人が、新一の手をとって口元へと運ぶ。
指を舐め上げられて、その気持ち悪さにえづいた。
「筋肉を弛緩させる効果もあるからね、もう抵抗はできないよ。」
「そう、だから、痛くないからね。」
胃の奥から酸が昇りそう、咳き込んだ弾みで唾液が零れた。
それが周囲の興奮を誘ったか、高く軋んだ笑い声があがる。
男が合図をするとともに、名残おしそうに新一を拘束していた手が離れていく。
最後の最後まであきらめずに抵抗を試みようと周囲を探るが、床に転がる体はひどく重い。
即効性か、くそっ。舌打ちしそうになり、それすらも思うようにできないことに気付く。
ひどく強い薬か、それともこの体が過剰反応したか。どちらにしてもやっかいなことになりそうだ。
思考がゆるやかに抵抗していくのに焦りを覚えるが、どうすることもできない。
近づいてきた一人の男が、新一の体を仰向けにさせた。シャツのボタンに手を伸ばし、ゆっくりと外していく。
体をねじって抵抗するが、拘束されている上に鈍い動きのままの新一ではその手を止めることはできなかった。
「さ、わんな…!」
もう一人、男が近づき、新一の脚を押さえた。内腿を撫でて膝の裏を指先で擽る。
視界の端では、女が着ているカーディガンを脱いだのが見えた。
体内がざわざわと虫が這うような、奇妙な焦燥感。
それが脚の裏から、指先から、自身の中央へ向かって侵食していくのがわかった。
しかし目は閉じず、目の前にある光景を睨みつける。
どんな情報でも必ず突破口になるのだと歯を食いしばるが、実際には力は入らず、ただ小刻みに歯の根が震えるだけだ。
くらりと頭の芯が揺れた。
ぶれた視界に平次の顔が浮かんで、こんな状況にも関わらず苦笑する。
あいつを傷つけたくないのに、俺って本当、どっか抜けてんのな…。
遠くなる意識に、暗く薄ら笑いが響く。
(……服部…)
大切に名前を胸にしまう。
言葉ですら、あいつらに聞かせてやるのも惜しい。
間に合わせられなくて、悪い。―――それでも、お前なら。
朦朧とする意識の中、唐突に激突音が聞こえた。
―――― お前なら。
それが扉を蹴破る音だと気付く前に、新一は意識を失った。
「…じきに、わかる。」
「そう、一ヶ月もすれば、その体に沁み込んだものが愛だと気付くわ。」
そして予測どおり、新一が叫んだ想いは届かない。
新一の怒気にたじろいだものの、それだけのようだ。
一人が腕を持ち上げて、その手に握られたものを新一へ見せつける。
片手に収まるほどの大きさの、それはビデオカメラだった。
「証明を残してあげる。」
「きちんと撮影して、私たちの愛を映像からもあなたに伝えてあげられるわ。」
「美しい私たちの愛のメモリーだよ。」
気持ち悪い。
どれだけ自分たちがおかしな行動をとろうとも、それは愛だという一言で済ますつもりなのだろう。
犯罪という認識すら、自身を陶酔させるアドレナリンになる輩だ。
「怖いかもしれないが、すぐにわからなくなるから。」
「大丈夫よ。ぐちゃぐちゃになっても、きっとあなたはきれいでしょうね。」
じりじりと包囲網を狭めてくる彼ら。
コナンの頃のように上から見下ろされる視線に、違和感と懐かしさが同時に去来する。
言葉でどう言いつくろうとも、やはりその中にあるのは欲でしかないのだ。
ギラギラと嫌な光を放ち、べとつくような視線がそれを示す。
息を大きく吸う。一度目を閉じて、もう一度ゆっくり目を開けながら息を吐く。
――― あいつが来る。大丈夫。
「間に合わなかったら、思い切り蹴ってやる。」
自分が時間稼ぎをできなかった分はあさっての彼方にほおり投げて、理不尽な言い分を呟く。
そうしている間にも、頭上から伸びてくる手、手、手。
それに腕をとられた。新一はがむしゃらに動いて抵抗する。
数人が同時に駆け寄り、新一の体を乗り上げるようにして押さえつけた。
「止めろっ!」
もがいた拍子に指先が注射器にぶつかり、男の手から床に飛んで割れた。
肩をすくめた男は、背を向けて鞄から予備の注射器を手に取る。
注射器に薬を注入するわずかの時間、新一のすぐ頭上で興奮に息を荒げる男と女。
抑える手にはどれも汗が滲んでいて、べとつく感触が背筋を凍らせる。
「…っ気持ちわりーんだよっ!」
「俺が選んだやつは違う。」
本当に強い愛情は太陽を向いていると、新一は多くの事件からそれを学んでいた。
「暗闇に共感する人間が多いのは何故かわかるか。その方が楽だからさ。
上を見るより下を見るほうが楽なんだよ。お前らの言う愛ってのもそうだ。」
上半身を無理やり起こし、首を上げて彼らを見る。浮かべる表情は、…誇らしげな笑顔。
「上を向いてきちんと相手のことを想うってことは、すげえ難しいことなんだよ。本当に強い人間じゃないとできないんだ。」
新一の正気を確認し、我に返った一人の女が諭そうと新一へと近づく。
「わからないのは、本当に強い愛を知らないからだよ。」
「私たちがこうしてあなたを拘束するのは、それだけあなたを愛して」
「ざけんな!――― お前たちこそ知らねえだけだ!」
突然の恫喝に、びくりと女の体が揺れる。
俺の選んだ、あいつは。
新一の激昂を叩きつけられながら、青ざめたのはほんの一瞬。
凶悪犯すら足止めするその覇気は狂う人間には通じないのか、また笑みがさざめく。
けれどそれは、どこか苛立ちを含んでいた。
「わかるようになるわ。」
「君に我々を刻んでいけば、自ずとわかるだろうさ。」
主犯格らしき男がすっと体を横に移動させた。
その背後から注射器を持った男が現れ、薄く笑いながらゆっくりと新一へと近づいてくる。
「このまま君を永遠に閉じ込めたいよ。愛しさが溢れて、どうしようもないんだ。」
「愛しているんだ。…愛している。愛している。」
先端から零れる薬品が何か、容易に想像がついて肌が粟立つほどの拒絶感が全身に浮かぶ。
高尚なセリフは下衆な欲望を隠すためだけのものだと知って、あらためて反吐が出そうになった。
肩口で唇の端を拭うと、目の前の集団を象る一人一人をきりりと睨みつける。
その視線にも興奮しか覚えないような、いかれた連中だ。
言葉は無力だろうが、それでも彼らの暴力に屈することはできない。
工藤新一の真実は、工藤新一だけが知っている。彼にとっての、真の愛情が何か、なんて。
「監禁して、相手を閉じ込めて、誰の目に晒したくないほどの独占欲なんて、あいにく俺もヤツも持っている。」
にいっと唇の端を持ち上げて、新一はまた笑った。
「けど俺たちは共に未来を歩くと誓った。閉じこもって下碑た愛欲にまみれるなんざお断りだね。」
「どれだけ俺の体を汚しても、」
そう言うと、そこで言葉をとぎらせた。
脳裏に過ぎる眩しいほどの笑顔。キスする前の微笑みとか。
…浮かんでいくのは、自分でもおかしいほどに一人だけ。
「…そうさお前たちの云う愛なんて、俺の肌には汚れにしかなんねーよ。」
間に合うか、わからない。本来ならば時間を稼ぐよう相手の言い分をそれなりに聞くべきだとも思う。
平次のためにも、本来ならばそうするべきだ。
しかし平次を否定するような彼らの発言は、どうしても許すことが出来なかった。
言葉が通用する相手でもない。新一の言葉はおそらく届かない。
けれど、言わずにはいられなかった。
「あいつしか、俺にはあわねーんだ。お前らなんざ、お呼びじゃねえんだよ。」
【5】へ
ぴしりと、こめかみに青筋が浮いた音を自身に聞く。
「申し訳ありませんが、」
駄目だ、と理性が警告するものの、口を閉じることはできなかった。
「俺にはもう心に決めたいる人がいますので、」てめーらなんざ、と心だけでつけたして、
「ご遠慮させていただきます。」
新一はにっこりと笑いながらも、冷たい怒りを隠しもせず明確に拒絶する。
「毛利探偵の娘さんなら、君から離れたことはもう調べがついているんだよ。」
ふふ、と鼻で笑いながら女の一人が長い爪の先を新一の鼻先につきつける。
「今、あなたが特定の人間と恋人関係にないこともわかっています。」
誤解されていなくて良かった。新一はわずかに胸を撫で下ろす。
こういう類の人間が彼女へと嫌がらせをすることは度々あった。
一人静かに耐えていた蘭だったが、新一が平次と付き合うようになってからは それらを隠さずに相談するようになり、
二人が明確に距離を置くようになってからしばらくして、彼女への直接的な攻撃は沈静化した。
もちろんその為に新一も平次も、こっそりと尽力したのだが。
同時に彼らの得ている情報が、工藤邸の外の範囲であることもわかった。
ならば助けに対する防御も甘いものだろう。やつらは彼の恐ろしさを知らない。
残り少なくなった忍耐力をフル稼働させようと、溢れそうになる怒りを無理やり胃の奥へ押し込めようとする。
そんな新一の内情を知らずか、想いを口に乗せ始めた彼らの舌は滑らかに増長する。
「例えあなたが誰とつきあおうと、それは”まやかし”でしかないわ。」
「そうとも!私たちこそが”真実”なのだから。」
「真実はいつも一つ、なのでしょう?あなたを愛する人間は私たちだけ。それが唯一の事実であり、真実です。」
情報を遮断して洗脳する。拉致した一番の目的はコレか。
愛するというわりに、転がされている部屋は日の光の入らない地下室。
コンクリートの床の冷たさと、自由の利かない拘束された四肢は時間の経過とともに正常な判断を失わせるだろう。
それが工藤新一に通用するかは別として。
「けれど、これは犯罪です。僕が最も憎むべき行為です。僕を愛しているのであれば、こういう方法は逆効果ですよ。」
努めて冷静さを保ちつつ会話を続ける。彼らから見ればこの場を取り繕うように見えるだろうことも計算して。
「理解してもらうのに時間はかかるだろう。これこそが究極の愛の示し方なのだと。」
「私たちは、あえてこの方法をとったのです。あなたに気づいてもらうために。」
男が天井に両手を差し伸べて、まるで神の啓示を知らしめる信者の如く宣告する。
次々と頷く狂信者たちが、ねっとりとした視線を新一へと絡めていく。
それらを制するように広げられた手をゆっくりと下ろし、男はその手を胸の前で交差して自分の胸を抱いた。
同時に浮かべられた悲痛な表情。苦悩する宣教師さながら、首を弱弱しく振って新一を見下ろした。
「法律では罪でしょう。しかし、この罪すらあなたに捧げるのです。
全ての私たちの日常を犠牲にして、それでもなお、あなたが欲しい。」
堪えきれず、新一は噴出した。いつもよりも高い笑い声が灰色の壁に反響する。
ひとしきり笑い終えると、新一の正気を疑うように戸惑う視線を正面から打破した。
「自分の弱さを愛に置き換えて、一人ヨガッてる奴の自己満足につき合わされるなんて冗談じゃねえよ。」
【4】へ
「馬鹿なこと、考えんじゃねーぞ。」
横たわる体に繋がる幾重ものチューブ。白衣の少女の蒼白な表情。無言のままの阿笠博士の眉間の皺とか。
・・・目を背けたいものが、この部屋に満ちている。
「アホウ。俺はそういう後ろ向きなことはむいてへんわ。」
憮然と答える俺に、力ない笑いが彼の口元から零れる。
けれどそれは、それでも彼らしくどこか高慢さえ感じる強さも持っていた。
どれほど弱っていようとも、工藤新一は工藤新一であるということを立証しているようだ。
「俺はお前の可能性を最後まで信じるで。お前もきっちり足掻いてみせろや。」
もし、最悪の事態をむかえたりしても、お前が思うとるようなことには絶対ならんよ。」
瞳を逸らしたら見抜かれるだろうから、正面から彼の瞳を見据えて静かに笑う。
「・・・絶対だぞ。」
「おう、約束したる。お前が嫌がる真似はせえへん。」
探る視線をも、正面からうけとめる。
きちんと笑え。穏やかに。最後の最後まであきらめるつもりがないことは本当。
けれど。
どれだけ想像したって、現実のその瞬間にはかなわない。
だから、どうなるかなんて、その時にしか決まらない。
その時を迎えても、狂うこともなく日常へと戻る予感も確かにある。
しばし彼は沈黙し、そしてふうっと微笑んだ。なら、いい。そう言い置いて瞼を閉じる。
それでも、繋いだ手の力を互いに緩めることはなかった。
ぎゅうともう一度彼の手を握り締めて、あいている片方の手で布団の上をぽんぽんとはたく。
「俺は大丈夫や、工藤。
俺は、この世界がどんだけ自分を支えてくれとるか、どれだけこの体が大事にされとるかちゃんと知っとる。」
愛されて育った。必要とされてきた。命を失うことで、周囲に訪れる喪失と悲哀は身に染みている。
な?と首を軽く傾げてさらに笑えば、ようやく掴む手の力は緩められた。
「ほれ、また うまいお好み焼き食わせたるから、はよう治し?」
「そうだな。また食いてえな。」
頷いた新一を確かめると平次は腕を解いた。
新一の笑みが透き通る。嬉しそうなその表情は、すぐに苦悶によって歪められた。
電子音が甲高く鳴り響く。走りよる二人の白衣。新一の傍らを彼女らに譲り、その背中から彼を見つめる。
握り締めた拳が震えていたが、平次の顔にはにこやかな笑顔が浮かべられていた。
きつくきつく固められた手は褐色の肌にも関わらず、血が通わず徐々に青くなっていく。
嘘吐き。二人の死角で、白衣の少女の唇が小さく動いた。
ぐるぐると頭の中を巡る思考の渦、あえてそこへと身を浸す。
クセのようなモノだ。
顔では笑っていようと、授業中にあくびをかみ殺していようと、
常に脳のどこかが緊張して、事件の襲来に備えている。
過去も未来も、起こったこと起こりうること、それらの悔恨と予感を、呼吸するかのごとく常に自然に。
今だってそう。
傍目にはぼんやりと、展望台の窓の向こうを眺めているだけに見えるだろう。
みやげ物を選ぶ遠山さんと蘭の高い声が耳を通る。
手すりに肘をかけて、顎に添えた指の爪で唇を軽くひっかいた。
ふいにぱかん、と後頭部を拳でこづかれる。
痛えと文句を言おうと振り返ると、今は同じ高さにある瞳がふっと柔らかく細められた。
口の中で言葉が消える。胸に何かが飲み込まれていくよう。
しかし次の瞬間には、その瞳はいつもの威勢のいい光が戻り、平次は にいっと意地悪な笑顔で新一を見る。
「ぼんやりしとってええんか?早うあいつら止めんと、”通天閣”の三角ペナントをお前の部屋に飾られんで?」
「はあ?」
「”せっかく新一が戻ってきたから大阪に来たのに、ぼーっとしちゃって!”とか、
”ほんならみやげもんにこれとか渡したったら”とか言うて・・・ああ、ほれレジに今渡そうとしとる・・・」
「なっ、てめえ止めろよ!」
慌てて走り出し、レジへと向かう。こちらに気づいた和葉が、指をさして笑っている。
「俺も賛成、お前の家に行くのが楽しみやわー♪」
並んで走り出した平次が足を速めた。
追い抜き様に新一の背中をぽんと軽く叩いて、肩越しに先ほどの瞳で笑う。
ほろり、と肩から力が抜けていくような気がして、新一は足を止めてしまう。
悔しさに似ているこの感情は、何だろうか。
前を行く背中を見つめて、新一は拳を握り締めた。
たなかさんへ
前回まではこちら。 【1】
時間をかけての計画だったことは、それだけでも理解できた。
新一の行動パターンを読んでのこの計画は、彼の弱者に対する優しい性格までもが考慮され練られたものだ。
乳幼児を利用するあたり、それが伺える。
実際、子供を前にした新一は、ろくな抵抗もできないまま拘束された。
女を見送った直後に目隠しをもされて連れてこられたここは、先の現場から車で2時間程度。
耳だけを頼りに周囲の同行を探る。
肌に触れる空気は新一たちがいた場所よりも澄んでいる気配、緑の多い場所か。
山林に多く住む鳥の声も届き、逆に他の車の音などが聞こえないことも考えれば、
このメンバーのいずれかが所有する別荘であろうと推測できた。
車から降りると同時に草むらに指先で位置を知らせる発信機をほおる。
1つ目は発見されるためのダミー。車の中に落としてきたそれは、出発前に発見されて新一の目の前で壊された。
2つ目は見つかってもいいように、この監禁場所に入る前に落とす。
悔しそうな表情を演技で作れば、優位に立つと信じて疑わない彼らは3つ目の存在を見抜けない。
ましてそれだけは博士の特性品。市販の電波探知機ではみつけることはかなわないだろう。
攫われた現場に残した平次へのメッセージは、彼ならば解くのにさほど時間はかからないはず。
家にある資料を読み解けば自分と同じ不審点に気付くだろう。
必ず自分を追って現場へと向かうはずで、彼が東京へ到着する予定時刻を鑑みれば
今日中にはこの場所を特定し、警察を引き連れて駆けつけてくれるはずだ。
流石に彼が東京へ向かっていなければ、ここまで無謀な賭けはできなかった。
狙いが何かを知るために相手の懐に入るなど、少し平次の影響を受けたかなと一人ごちる。
しかし、彼らの狙いがまさか自分自身とは。
熱狂的なファンは今までにもいたが、今回はその中でも最悪の部類にはいるようだ。
彼らを刺激せず、時間を有効に稼がなければならない。
視線だけを巡らせて見下ろす彼らの様子を伺う。上手を取っていると信じて疑わない余裕の表情。
ただ一人だけ表情を硬くしている者がいたが、後から来た人間が何かを耳打ちすると頷いてようやく表情を和らげる。
二つ目の発信機を見つけたってとこだな。
ご丁寧に口元を隠していたため読唇術も使えなかったが、こちらを見るその目からある程度の推測はできる。
その男が緊張をやや解いたことで、全員になおいっそうの余裕が生まれたようだ。
より一層、彼らは言葉に熱を込める。
「あなたの素晴らしさは私たちがよく知っている。」
「素晴らしい頭脳、怜悧な表情、あなたをかたどる美しい全て。」
「そう、私たちしかあなたを理解できないわ。」
何度も繰り返されるそのセリフに心底うんざりする。
家族で出席したパーティには大勢いたこうした連中。
父親や母親を崇拝している人間が自分こそが彼らの真の理解者だと名乗り、
それを静かに微笑んでいなしていた両親は、新一にはその害が及ばぬよう細心の注意を払っていたことをこうした時に改めて知る。
「あなたが存在していることをこの地上で最も喜んでいるのは私たちよ。」
ひくりと眉が動いたのを見咎められたらしく、ため息が部屋を満たした。
「やはりまだ、わかってくれないのねえ。」
首を振りながら、やれやれと小さく呟かれる。
「真の理解者にめぐりあったことがないのだから、当たり前ですよ。」
そんな仲間の反応を、一人の男が穏やかな声で諌めた。
「我々の愛情と理解を知っていけば、すぐにこの場所は歓喜の場所となるでしょう。」
「あなたを真実愛することができるのは、私たちだけなのだから。」
「工藤新一という奇跡を、この世界への降臨を、心から祝福しよう。」
【3】へ
カーテンが閉じられたままのリビングに、ローテーブルを囲んで向かいあわせにソファに腰掛ける二人。
前のめりになりながら顎に手をかけて時折唸るが、両者とも必要最低限の動きにとどまる。
時計の針だけが沈黙の中、淡々と動いていく。
そんな時間がしばらく続いたが、その静寂は突然の歓喜の声で破られた。
「よっしゃああっ!勝った!」
「…………ちっ。」
両手を振り上げて今にも飛び上がらんばかりに喜ぶ平次と、舌打ちしたまま肘をついてソファにもたれかかる新一。
その表情といえば、平次とは対照的に仏頂面。眉間に皺を寄せ、唇を尖らせている。
視線の先はローテーブルの上、白と黒の正方形の対比が美しいチェスボード。
「これで3勝3敗と、引き分け4やな。」
「次は勝つ。」
憮然と答える新一に、平次がにんまりと笑う。
その笑顔がぐしゃりと崩れて、大きな欠伸が喉からこみ上げて口を大きく広げた。
「今何時や?」
ひとしきり大口を開けて欠伸をしていた平次の質問に、ふいっと時計を見て新一は答える。
「あー…4時半くらいか。」
「なんや、徹夜してもうたなー。流石に腹減ったわ。」
「後でコンビニに買出しに行こうぜ。」
「せやな。…あー、天気はどないなんやろ。鳥の声せえへんけど・・・」
カーテンを開けた平次が、窓の外の景色に固まる。
「・・・・・・・工藤。」
「ん?なんだ、服部?」
「・・・空が赤い。」
「朝焼けだろ?じゃあ今日は天気いいのかな。」
新一はテーブルの下に落ちていたテレビのリモコンに手を伸ばし、ボタンを押してテレビの電源を入れた。
稼動音がして、テレビの画面が黒からカラーへとわずかのタイムラグの後映像を映し出す。
天気予報がうつされるチャンネルを選択するべく指先でぴっぴっと操作する。
平次はまだ窓の外を見ながら呆然としている。
「・・・・・・夕焼け、みたいや。」
「ははっ、んな訳・・・」
新一の笑いが、流れてくるテレビの音声で掻き消される。
『――では、本日の夕方のお天気をお送りいたします・・・』
続けて流される本日の天気の総括と、明日の予報。
しばし二人は立ったまま、黙って各々の視線の先にあるものに見入った。
夕焼けと、夕方の天気予報。
「・・・これは、もしかせんでも、」
「あー・・・、24時間耐久?」
チェスを始めたのは、昨日の午後。
夕食を食べに出る前に、コーヒーがてら ちょっとゲームでもと平次が持ち出してきたのだ。
「うおおおおおっ!しまった―っ!!貴重な2泊3日のうち、1泊2日をチェスに費やしてもうたーっ!!」
「いいじゃねーか。まあ、こんなこともあんだろ。」
「よくないわ!お前の言うてた西荻の事件の概要!それから池袋の首ナシ死体のと、大学の文化祭の密室殺人っ。」
全部概要聞き出してきっちり犯人の残した証拠とやらを推測するつもりだったのにと、
子供のように地団駄を踏む勢いで両拳を握り締めて力説する平次を、へっと呆れた溜息をついた新一が胡乱に眺める。
「チェス、つまんなかったのかよ?」
「う・・・いや、ものごっつ楽しゅうございました・・・。」
平次はその冷たい視線に反論できず、何故か敬語で答えてしまう。
「事件の話は、また電話ででもできんだろ。とりあえず会ってできることを優先してもいいんじゃねえの?」
そう言って平次を強制的に宥めると、新一はふわあ、と欠伸を噛んで目尻に小さく涙を浮かべる。
「コンビニかスーパーで何か食うもの買って、食べたらちょっと寝ようぜ。」
「久々にピザでもどうや?あー、でも徹夜あけのピザは胃にきついなー。」
「そうだな。出るのも面倒だし、寿司でもとるか。」
「ごちそーさんです。」
平次は両手を合わせて新一に爽やかな笑顔を向けると、新一は苦虫をつぶした表情に変わる。
いつもながら誘導のうまいヤツだとごちながら、電話を取り出して馴染みの寿司屋へと出前を頼んだ。
奢りなら特上と喚く男の声を、掌で片耳を塞ぎながらいなしつつ振り返る。
「30分で届けてくれるってよ。」
「楽しみやなー。ほなら。」
平次はきゅっと後ろから新一を抱きしめて、耳の下に唇を押し当てる。
「会ってできること。優先やろ?」
一瞬跳ね上がった心音を悟られぬよう、新一はいつものポーカーフェイスでしれっと答える。
「30分で満足できんのか?」
「お前に触れるだけで、俺はいつだって満たされるわ。」
不意打ちの言葉に、もろくもポーカーフェイスは崩れて新一の頬は真っ赤に染まる。
平次はその頬に軽くちゅっと音をたてて口付けた。
「はい、プレゼント。」といつのまにか手の中に収められたその箱は、
つい先程、窓からかろやかに身を翻して侵入してきた人物からのものだ。
同じ大学の同級生であり以前は好敵手でもあったが、その悪戯には今も手を焼いているから
こうして不審な視線を隠そうともせず、目の前の人物―――黒羽快斗を見据える。
「だいたい、誕生日でもねえのに プレゼントなんてもらう故はねえ。」
途端、きらん☆と目を輝かせながら、快斗がにぎにぎ揉み手する。
「実はさー、もーすぐ俺の誕生日なんだよねー♪」
「ほほーう。それとこれと何の関係が?」
新一は指先で箱をつまんで、軽く振る。
「俺が今、一番欲しいものが、たぶんその箱を名探偵が開けたら得られると思うんだ☆」
「返却。」
ぽいっと快斗へ箱をほおり投げた。
予想通りと快斗はすでに手を待機させており、ぱしっと片手で受け止めた後、
またもひょいっと新一へとその箱をほおる。
反射的に受け取ってしまい、ちっと舌打ちする新一に、快斗は唇を尖らせて再度ブーイングを始める。
「ええー、なんでだよ。俺の心からの贈りものなのに。」
「絶対ろくなもんじゃねえ。」
きっぱり言い切る新一に快斗がなおも言い募ろうとするのを、黙ってその会話を聞いていたもう一人の人物がようやく口を挟む。
「おいこら、人の存在をなかったことにすな。はさんで会話すんなら、もうちょい俺にも配慮せえ。」
新一の隣に座っていた平次がその存在を主張するが、爽やかに二人からはスルーされた。
ちなみにここは新一の寝室だ。
そこに平次がいるとなれば、どんなタイミングで快斗が入室してきたのか予想できようもの。
不機嫌な声音と、少し乱れた衣服が物語る。
「いいじゃん、開ける位。びっくり箱とかじゃないからさ。」
「きけっちゅーのに、このステレオらは、」
「まあまあ、西の君にもイイモノだから、ね?」
このままでは拉致があかないと踏んだ新一が、わかったよ、と呟いて箱のリボンを解く。
包装紙をびりびりと豪快に破り、箱を開けて――――
「・・・てめえ。」
殺気が部屋中に満ちるのをものともせず、にこにことした顔で快斗は言葉を続ける。
「ええー、ステキでしょ?ぜひ今夜はこれで服部平次を悩殺!」
「・・・・・いや、これは あかんやろ。」
「もうさ一目ぼれ?巷で話題の勝負パンツ!!絶対新ちゃんに似合うと思ったんだよねー♪」
新一がふるふると拳を震わせつつ箱から出したもの、一見すると紐のようなそれ。
「・・・コロス・・・」
「あーっ、その嫌がる青筋が最高―っ!!楽しいーっ!」
新一を指差して笑えるのは、この男くらいだろう。
涙まで浮かべる勢いで大笑いしている快斗と対照的に、新一の青筋が何本もビキビキとこめかみに浮かんでいく。
この後の惨劇を考えると、今夜はおそらくお預けだろう。それも狙っての嫌がらせに違いない。
大きく溜息をついた平次は、それこそ白馬に同じものを贈ろうか一瞬考えたが―――、
「やめとこ。二人揃ってなんや楽しそうに身につけそうや・・・。」
想像しそうになって、一瞬うえっと胸が悪くなる。
とうとう入ってきたときと同じように窓から身軽に飛び出していく快斗を、
サッカーボールを片手に追いかける新一が怒りながらも楽しそうなのを見て、
まあいいか、と平次は持ち主不在のベッドに寝転がった。
大学同じ設定の快斗くんです。
ちなみにどんな下着か知りたい方はこちら(後ろに人がいないことを確認してください!!)
ここのトークはすげえ面白いですよ!!特にBLネタを読むと、大笑いすること請け合い!
Mさん、好きそうかなって書いてみました☆酢ジゃーた、笑わせてもらいましたよ!レスは後日!
大人向け描写、…あれ?なくなっちゃったよ・・・?ご、ごめんなさい!
前回まではこちら。【0】 *【1】 *【2】
新一は息を吐いた。ゆっくりと、大きく胸を上下させる。
退路は己の手のみで絶たれねばならない。
髪をかきあげながら伏せた瞼を持ち上げて、にいっと新一の唇が勝気な笑みを形作る。
「てめえは飼い犬にはなれねえ。俺が飼い主になれないのと同じように。」
虚を衝かれた平次の目が丸く見開く。
思い描いた回答と異なることは想定済だが、そのかわいい表情に少し溜飲が下がる。
「さしずめ、―――そうだな、”ブランカ”ってとこか。」
「俺が嫁さんか。」
「だろ?」
きっぱりと言い切られて、さらに平次の顔が呆ける。続いて大きな声で笑い出した。
「おまっ、…ほんまに、あー、おかし。」
言葉が切れ切れになるほど、腹の底からこみあげる笑いを押さえきれないのがわかる。
狼だと見抜いていた皮肉についても、交えての笑いだろう。
笑い出た涙を指先で拭いながらよこす視線は挑発的で、もう隠さない本性を曝け出す。
「自分がロボなん?ったく、ほんま憎らしいなあ。」
言い放つその不遜さがいっそ清清しいと、平次はまだ肩を震わせて笑う。
そして新一よりも少し広い手の平で、ぐいと頬を擦った。
先程の服で行儀悪く手を拭いながら、笑うのを止めた目で新一を見据える。
「足手まといにはならへんよ。」
「どうだか。猪突猛進でさっさと罠に落ちるタイプのくせに。」
「言うたな、油断でちっこなっとったんは誰や。」
「同じシチュエーションなら、てめえも絶対そうなったに決まってんだろ。」
外見だけならば、ブランカ ――― その名の通り、あの白き毛並みを彷彿させる肌を持つ新一のほうこそがそうだろう。
王者の風格を持ち合わせた彼の、浮かべられた強かな笑みがそれを裏付けている。
無論その例えは傍らにあることを揶揄しているだけであって、けして”ブランカ”が弱点になることなど思っていない。
そのことを理解しているからこそ、こうして平次は笑っているのだ。
新一は物事の説明をする時、平次には他者へ話す時と比べて極端に言葉数が少なくなる。
彼へは説明が不要だと知っている為だ。
誤解が生じることもたまにあれど、大方、彼は新一の意図を汲み、本意を読み取る。
力を抜いた飾らない言葉での会話は、コナンのときから彼だけにできた。
平次の笑みを見ながら、新一はまた彼を思う気持ちを深くする。
彼に手を伸ばして、腕の中に閉じ込めたくなる気持ちを抑えきれなくなるのは、こんな時だ。
腕をとどめる切なさが、新一の笑みに影を落とす。
「てめえが、俺のだって訳じゃねえ。」
「…工藤?」
曇る表情に訝しげに平次が問えば、ふっと笑って新一は片手だけで顔を覆う。
「てめえも、俺も、モノじゃねえし、所有物でもねーよ。」
独占したくなるほどの、衝動は抱えているけれど。
「所有ってんなら、お前はお前のもんだ。お前だけのもんだ。」
その事実に時おりひどく苦い思いもするけれど、でも、だからこそ一緒にいられるのだ。
「そうだろ?」
顔を上げた新一の視線を平次は真正面から受け止めた。
灯る熱は消えていないのに、その奥から溢れるのは真実を見抜く光。
心地よい威圧感に、平次は思わず頷く。
身動きできないほど見惚れてしまうのは仕方がない。この目に惚れたのだ。
そして今、彼はとても重要で熱烈な告白をしているのではなかろうか。
新一は親指を立てると、心臓を示すように己の胸へと突き立てる。
「お前も、俺を使え。それこそ脚だろうが腕だろうが、全部。俺も遠慮はしねえ。てめえの助けが必要なときは遠慮なく使わせてもらう。」
―――― 切り札のカードのように。
「お前のものだからじゃねえ。お前と俺は対等で、そして背中を任せられる唯一の存在だからだ。」
肌に残る爪痕も、うっ血した痕も、自分のものに名前を書くようなこととは違うのだ。
ただ好きだから。
一緒にいて幸せで、満たされて、…それでも一つにはなれない事実に普遍的に手を伸ばすだけ。
欲しがる腕の力が強すぎて、時に血を噴くこともあるだろう。
でもそれだけのこと。そう、それだけのことだ。
「ほんま、適わん・・・。」
平次が小さく呟く。
「何か言ったか?」
「なんも?」
これだから工藤新一という男は、―――たまらない。
そう、平次が惚れたのはこういう男だったからだ。こういう人間だったからだ。
欲しいと浅ましく足掻く自分よりも、苦しくともその先を見据えているこの男が。
平次は笑う。
眩暈のするような幸福感が、獣の笑みを消して晴れ晴れとした表情を浮かべさせた。
「工藤、」
感謝では足りないほどの、この満たされた思いはなんと呼べばいいんだろう。
共にあろうとする二人を繋ぐものは、好きという思いだけではないのか。
言葉がうまく出ずに腕組みしてしまう平次を見て、新一が何故か眦を下げた。
「だからよ。」
片手で髪をがしがしと掻く。この平次の癖が移ったのはいつごろだったか。
「その、だから……」
裸体の脚を自らにかき寄せて腕で抱えながら、さすがに恥ずかしいのか床を見つめながら頬を赤らめる。
「首輪や痕なんかつけなくたって、てめえが俺の傍を離れねえように。」
ふうと、新一は言葉を区切った。
抱え込んだ脚の指を、手の指でいじりながらのたどたどしい喋りは、コナンの頃のような子供らしさを持っていた。
思い切ったように上目遣いに視線をあげて、むうと唇を尖らせる。
「俺も、お前の傍を離れる気なんか、ねえんだから、な。」
先程までの会話にうちのめされていた平次だったが、その扇情的な光景にごくりと喉を鳴らし、――― 当然、理性が飛んだ。
「工藤ーっ!!むっちゃかわええーっ!!」
たまらず平次は新一に、ぎゅむっと抱きついた。
べちゃり。
「………てめえ。」
「あ。」
平次の胸にへばりついていた白濁が、新一の胸へもべったりとくっついた。
新一の拳が、怒りに震える。青筋が何本もこめかみに浮かんだ。
「すまんっって、堪忍っ、いやでもほら、感極まって、な?」
慌てて飛び退り、般若の面を被ったかのごとき表情の新一を拝むが、時すでに遅し。
おまけに離れた拍子に、それが胸を互いにつうっと結んだのを見て新一はさらに真っ赤になって言葉を失う。
彼の内部で羞恥が怒りを増幅させる気配に、平次は自分にはないはずの尻尾がくるくる丸まって下がっていくのを感じた。
「駄犬のおしおきは飼い主の務めだよなあ…?」
「前言撤回なんて、工藤らしないで・・・?」
震える拳をパシンと胸の前で片方の手に当てると、禍々しい気が新一の背後へと噴出す。
きゃいん、と犬らしく平次はかわいく鳴いて媚びてみせたが、やはりそれは怒りをあおるだけのものだったようで、照れ隠しも含めた大仰な怒鳴り声とともに、繰り出される黄金の右足を避けながら平次は逃げ出す。
立て続けに背後からティッシュ箱やら下着やら、色々なものが飛んでくるのを横目に走った。
本が飛んでこないのは、おそらく平次を慮ってのことではなく、本のように大切なものを投げることなど工藤家のしつけに反するからだろう。
「はあっとりいいいいいっ!!逃げんなあああ!」
「逃げんでおれるかいっ」
全裸で階段をどたばたと駆け下りて走る犬は、さりげなく風呂場へ向かっている。
途中でそれに気付きながらも、脚を緩めることなく新一は平次の後をがなりながら追った。
先程まで告げていた言葉の恥ずかしさを、うやむやにしてくれる平次の優しさとか、
嫌だと告げたことで洗い流してくれる切っ掛けをくれることだとか、
惚れ直す要素を毎回のようにくれる彼だから、新一は他人から未来がないと揶揄される恋愛にもこうして笑っていられる。
口元に、ふわり優しい笑み。平次にしか浮き出させることのないその笑みを彼自身がみることはない。
でも、それでいいと思っているのを知っているから、新一もこの笑みを彼に見せることはきっとないだろう。
背中越しに真実を、――― それも探偵ならば十分に伝わるはずだ。
面と向かって告げることのない言葉を、無音で唇にのせたまま新一は平次を追った。
結局揃ってシャワーを浴びることになった二人だったが、新一の悪態はその豊富なボキャブラリー故に尽きず。
浴室に響くとどまることのない悪態がキスとともに塞がれ、平次が笑いながら浴室の窓を閉める。
同時に隣家にも響いていた喧騒は消え、白衣の少女はいつものことだけど、と溜息をついて肩をすくめた。
外は五月晴れ。からりとした風で庭の緑が陽光にそよぐ。
けれど二匹の狼は、雨の中で戯れ ――――― 。
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
