「君を愛しているんだ。」
異口同音に告げられたそれに、眉を顰めることで返答する。
「あなたのことをこの世で一番愛しているのは、私たちよ。」
「愛している。」
「君だけを、愛している。」
男の声、女の声、口々に続けられる告白が部屋を満たしていく。
「罪を犯すほど強い愛だと、いつか君も理解してくれるだろう。」
にこやかな笑顔でうっとりとそう告げた男は、新一の目の前に跪く。
うさんくせえ。
不機嫌さを隠しもせず眉間の皺を深くするだけの新一は、背中で腕を拘束するタイベルトを指先で辿り何らかの突破口がないかを考えている。
通常のタイベルトは小さく、誰でも配線などを纏めるものは見たことがあるだろう。
今新一を縛っているそれは工事現場などで使用されるおおぶりのもので、
一度拘束されればプラスティックの細いそれからは刃物でもない限り解くことは難しい。
せめて足だけでも自由なら自慢の蹴りをお見舞いしてやるんだが、と物騒なことを考えていることを感づいたか。
男の一人が膝下を縛るタイベルトをさすりながら、優しげに語り掛けてくる。
「すぐに外して上げられるから、それまでは暴れないでくれないか。せっかくの綺麗な肌に傷がついてしまう。」
仮面のような笑顔と触る掌のぬるさが気持ち悪く、油断させておこうという計画も忘れて新一は反射的にその男の顎へと蹴りを炸裂させた。
拘束されていても両足を揃えた状態の技ならば繰り出せる。
ぐいと膝を曲げていたのも幸いしたか、威力十分のそれをくらって男は吹っ飛んだ。
あ、しまった。
誤魔化そうと反射的ににこっと笑顔を浮かべてみたが、奇妙なことに周囲の空気は変らない。
いつもならこの笑顔に血が上った人間の報復が待ち受けているものだが、漣めいた笑い声が響くに留まる。
それもむしろ蹴り飛ばされた男へ向けた嘲笑のようで、新一への敵意へと変質しているものでもなかった。
「素晴らしい蹴りだね、サッカーの腕も鈍っていないようだ。」
「両足というのは珍しいねえ。拘束している状況も悪くない。」
むくり、蹴飛ばされた男も起き上がるが怒るそぶりは見せていない。
鼻血を垂らしつつも、むしろ晴れやかに笑っている。
「工藤新一の蹴りだよ、噂にたがわず素晴らしい!」
早く生で触りたいなあ、嘆息に混じり零される本音。
漣から小波へ、うねるようにして少しずつ強くなる笑いの波。
流石にここへきて新一も、状況があまり芳しくないことに気付く。
「ここにいる者は全て君を心から愛している者たちだ。」
「誰も君への愛においては他に引けをとらないと自負する者ばかりだよ。」
愛愛愛と、愛情の大安売りだな。
けっと内心で毒づきながらも表情は変えないまま彼らを観察する。
残念ながら皆一様に正気のようだ。視線も定まり、薬物や狂気の気配も薄い。
集団心理がこの状況を加速させているのか?
話を聞いているふりを続けたまま、周囲の観測と推測を怠らない。
情報収集は探偵の基本だ。
後から来るヤツのことも考えれば、少しでも相手から情報は引き出しておきたい。
黙ったまま、殊勝に話を聞いているふりをして様子を伺い続ける。
まるでオペラのステージにいるような男たちは、朗々と歌うように話を続ける。
「けれど君はこの愛に気付かない。」
「そして誰も君を独占することができないことに気付いたんだ。自分の愛がいかに強いかを各々が訴え続けたんだが決着がつかなくてね。」
「ならば、共有しようということになったのよ。」
さざめく笑い声。ぞわり。新一の中で警鐘が鳴る。
犯罪者の中には衝動的に狂気に走るものも少なくはないが、これは意図して狂気へと向かう集団のようだ。
狂信者にも似ているその空気を感じ取り、新一は対応を模索する。
乳幼児が誘拐された事件の依頼だった。
いくつかの不審点は身内の犯行を示しており、そのために探偵を雇ったのだという説明も納得のいくものであった。
ただその子供の母親が入院中であるということも含め、依頼主たちの様子に何かしら嫌な予感があったのも確かだ。
親族だと紹介された複数の男女は、親族だと名乗る割に互いの言葉遣いはよそよそしさばかりを感じる。
出された紅茶にも手をつけず、新一は警戒を緩めないまま捜査を続けて事件の概要を掴みかけた時。
その様子に痺れを切らした連中が、奥の手として隠していた子供を人質として新一の自由を奪ったのだ。
泣く子供を抱いた母親は、虚ろな表情のままその腕を掲げた。
女の隣に立つ依頼主の男は、その腕から子供を受け取り慈しむ眼差しをそそいだ。
「私の子供というのは嘘ではありませんよ。このためだけに産ませたのですから。」
あなたの餌になるためにようやく役だった、そう嬉しそうに笑って女へと子供を返す。
機械的に受け取った女が静かに部屋を出て行ったのを、怒りに似た感情で見送ったのは何時間前か。
【2】へ
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
