talk in one`s sleepの続き。 【1】 はこちら。
服部平次という男と知り合ったのは、まだ自分が小さな体だった頃だ。
たった2度邂逅したしただけで、工藤新一と江戸川コナンが同一人物であると見抜いた。
「お前、工藤やろ?」
確信が声ににじみ出ていた。
ごまかしきることが難しかったのは、その短い接触の間に弱みまで悟られていたため。
蘭に内緒にしていることも、一番知られたくないのが誰かも、どうしてわかるのだと不思議に思うほど、的確にその弱点をついた詰問。
けれど認めてしまうことで、不思議と楽になった。
江戸川コナンではなく、工藤新一と名乗ることができた瞬間、すとんと肩の力が抜けたのが自分でもわかった。
見上げれば、得意げな表情の彼。見つけた、とその目が歌っていた。
見つかったことが悔しいのに嬉しいなんて、幼稚園のかくれんぼじゃあるまいし。そう自嘲するも、口元が緩んだ。
ごまかしたくて俯いただけなのに、その掌でぐしゃぐしゃと髪を掻き回された。
それ以降も、ずいぶんとたくさんの事件を共にしたように思う。
共闘することもあれば、競争することもあった。
推理に勝負もなにもない。早く解決できればそれでいい。
そう思っていたはずなのに、やたらとムキになった姿を見ていると自分までつられてしまうことも多く、
溜息をつきながらも少し楽しんでいたコトも確か。
不謹慎だろう、そう理性ではわかりながらも、今まで父親以外に張り合う相手もいなかったことも、
同年齢相手に手加減しなくてよかったことも、何もかもがわくわくと心躍る。
振り返る必要がない。背中に彼がいる。それだけで、遠慮無く走り出せる。
今なら自分を馬鹿だと思う。
早く離れればよかったんだ。
組織との戦いに巻き込んで、ベッドの上で包帯まみれになりながらも笑う姿を見た瞬間に後悔ばかりがよぎる。
元の姿に戻れたことを報告したかっただけなのに、よかった、と手放しで喜ばれたこと。
動くだけで痛みの走る体で、ぎゅうと抱き締められたこと。
胸に染みた熱、瞳の奥までその熱さが伝わったのか、泣きたい気持ちにさえなったのは、何故だったのか。
あいにくと鈍さには定評があるものの、彼の背中にまわしかけた腕を無理矢理止めたことですぐにその原因を理解する。
・・・自覚さえ生まれなければ、もっと上手に立ち回れたのに。
距離をおこうと試みたが、もとよりヤツは自分から俺へと接触してくるのだ。
事件を持ち込まれれば、悩んでいたこともすとんと頭から抜けてまっしぐらに謎へと向かう。
解決まで忘れてしまっている感情も、推理に夢中になって不必要に近づきすぎた後悔も、
全部ひっくるめて彼の笑顔に消える。
届かない象徴、指先の飛行機雲。
届かなくていいんだ。
届かなくて、いいんだ。
それ、うまそうやな。
そう言うと横から手を伸ばし、人のピザを勝手に指先に捉える。
堅い端の部分を親指と薬指で挟み込み、人差し指と中指で垂れ下がる柔らかな生地を支える。
糸を引くチーズを見て、ぅわ、と小さく呻き慌てて口をピザへと運んだ。
行儀が悪いなあと眉をしかめて見ていれば、
大きく口を開いたまま、とろけて滴るチーズを零さないよう舌を伸ばしてそれをすくいあげる。
そのまま、ピザにがぶりとくらいついた。
獣が獲物を引き裂くように歯をたてて顔だけを動かして柔らかな生地を食いちぎる。
再び舌を伸ばして口を開く。ピザは見る間に彼の口内へ消えていった。
しかしまだ食道までは至らない。
頬に詰め込んだ食材をもきゅもきゅと噛みながら、指についたソースを舐め取る。
伏せた瞼に長い睫がやたら黒く感じたのは何故か。
ふと平次がこちらに視線をよこす。
自分が少しぼんやりしていたことに、このとき初めて気がついた。
心拍数が変化したことを悟られぬよう、右手に持っていたままのピザにかぶりつく。
先程の出来事に触発されたか、やや乱暴にかじりつくとすぐに飲み込んだ。
赤いピザソースが生地からはみ出て、新一の指を汚す。
らしからぬ行動に平次は一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐにそれはヘニャリとした笑顔に変わる。
眉を下げて、最近よく見せる不安そうな光をたゆたわせて。
新一はその表情を見ると、どうしようもなく苛立ちを感じてしまう。
「おい。」
呼びかけると、ん?とこちらに顔を近づけてきた平次の唇に、ソースの跳ねた親指を押しつけた。
ぐいと口紅をさすような勢いで、下唇の上を真横へととスライドさせる。
驚いて動きの止まる平次に溜飲が下がる。
片方の口元を吊り上げて、ふ、と笑うと、遅れて平次も同じように笑った。
唇についた赤を指先で拭い、その指を口の中に入れて舐め取る。
猫のように弓なりになる瞳に隠しきれない期待と困惑。
見抜かれてるのに気づいてないのが笑える。
何気なさを装い、いつもの明るい口調で先程と同じようにピザの皿へと手を伸ばす。
「もう一枚。」
「バーロー、自分で頼めよ。」
ぴしゃりとその手をはたくと、どちらからともなく2人で笑った。
※まだつきあってません。新一だけ無自覚です。
先日の事件の名残を色濃く残す5階建ビルは、火事の煤を全身に纏い、
ひび割れた壁にしがみつくかのように張り付いた非常階段は、
熱による変形を受けながらもかろうじてその役割を担っていた。
高木刑事に気になる点をいくつか照合してもらっている間に、ふっと思いついたこと。
気づいた瞬間手短に電話を切ると、躊躇無く何も考えることなく走りだした。
犯人が証拠を残しているだろうことに気づいたのも、
その犯人がここへと向かったことに気づいたのも、少し遅かったのかもしれない。
こちらの場所の情報を伝えるいとまもないまま、走り続けてあがる息を手の甲で押さえつつ、
見上げたのはこのビル。
途中携帯が数度鳴ったが、走るのに精一杯で取ることはできなかった。
甲高い音を立てながら階段を上り、3階の殺害現場の部屋に足を踏み入れた。
黒ずんだ壁に四方を囲われており新一は眉をしかめる。
足下のジャリとした音に床を見れば、割れた窓ガラスのかけらがひでひしゃげていた。
そうして部屋を数歩歩いた新一は目当てのモノを見つけて、拾い上げる。
潜む気配と推測から犯人の名前を呟けば、部屋の隅に置かれた大きなソファの影から背の低い男がびくびくと立ち上がった。
蒼白な顔色で新一が拾い上げた証拠を見つめている。
それをもとに推理を披露すれば、ますます色を失う顔色がそれを事実だと認めていて、
せめて自首を勧めようとすれば、言葉の途中に彼は「もう終わりだ」喚きだす。
宥めようと近づいた新一を突き飛ばし、一瞬反応の遅れた探偵を横目に犯人は非常階段を上へと登りだした。
自棄を起こしていることは明らかだった。上へと登ったのが何よりの証拠。
口の端を泡だたせながらパニックになって駆け上る男に、自慢の脚力も追いつかない。
死なせてたまるかと階段を駆け上る最中、新一は昨晩の雨で踊り場にたまる水に足を滑らせた。
バランスを崩した上半身は、運悪く火事でただれて柵としての役割を為さぬ残骸に向かって倒れ込んだ。
ぐにゃりと熱で溶けて大きくU字に歪んだ柵が視界からスクロールし、代わりに眼前に広がるのは遮るモノが何もない視界。
足下の地を踏まぬ感触に全身が総毛立つ。
やべえっ、と腕を思い切り伸ばしてギリギリ柵を掴んだ。右腕に全身の体重が一気にかかる。
肩にひどい痛みが走った。背中にまで突き抜けるその痛みに筋を違えたかと、舌打ちする。
ぶら下がったまま、上を見上げると2階ほど上の階にある柵の向こう側、乗り出すようにしてこちらを見下ろす犯人は先程までの死を意識した顔ではなく、打算と安堵が入り交じる表情を浮かべていた。
すうっと柵の向こうに犯人の姿は消える。
金属を踏む靴の音がせわしなく鳴り、近づいてくる気配がした。
「・・・やべえな。」
彼が何をしようとしているかは明白。
真下には花壇が広がっているが、この高さから落とされれば無傷ではいられない。
命の保証が難しいほどの高さにまで登ったことを後悔しながらも、この状況によって相手は死ぬ気力を失ったようで、
命を握られている状況が近づいているにもかかわらず、新一はほっと安堵の息をついた。
体を振り子にして下の階の踊り場へと降りるのが得策だろうと、ゆっくりと体を振り始める。
けれどタイミングは難しい。
急いで行えば犯人はまた上へと駆け上り、今度こそその身を地面へと投げ出すかも知れない。
ギリギリまで引きつけて、すぐ傍に、駆け寄って相手を押さえるくらいの距離まで待たなければならない。
腕を軸に体を揺らすたびに、ギイギイと錆びた音が響く。
もう少し、もう少し、とタイミングをはかる最中、ペキリと軽い音とともに新一掴まっていた柵が折れた。
新一の体重でみるみるひしゃげていく柵、まさに飛び飛びださんとしていたことも災いして右手がするりと離れた。
あ、と思うも束の間、重力に従い落下する体。スクロールしていく階下の柵へとがむしゃらに腕を伸ばす。
2つほど柵を見逃した後、なんとか指先に柵が触れた。
一瞬だけ落下が停まるものの、ずるりとすぐに指は離れる。
伸ばした指先に、やたらと青い空が映り込んだ。
届かないモノの象徴のように、飛行機雲が一筋流れていた。
おまたせしましたー!本当に長いことお待たせしました。
まだ見ていて下さるでしょうか、3万ヒット御礼、たあさんのリクエストです。ちょっと続きます。
※23:23さん、誤字のご指摘ありがとうございます!うわああん、本当だー!気づくくらいきちんと読んで下さってありがとう!本当にありがとうございます!
今日もまた工藤へメールする。
『かわいい子でなんと巨乳!今度はホンマもんの胸やで!』
嘘はついてない。でも誤解されることを承知で、多少内容をはしょる。
今日は剣道部に入った新しいマネージャーは、ぽっちゃり系といえば聞こえはいいような体型の、胸がメロンみたいな女。
かわいいはかわいいんやけどな、笑うとふんわりとパンダみたいで、サッカー部のヤツがこそっと思いを寄せとるのにも気づいとる。
この間は旅行先の事件の話をメールしてみた。あいつが喜びそうなトリックだったから。
旅行っちゅうても、オカンの知り合いのばあさまを京都へ案内しただけだ。
和葉は合気道の大会が近いとかでついてこなかったことと、女性が一緒であることをそれとなく織り交ぜたけど。
剣道部の合宿の買い出しに、野郎全員で事件に巻き込まれたことも送ったな。
うわ~嬉しい、服部平次とデートやわあvなんて、野太い声で両腕に絡まれてえらい寒い思いをしたわ。
試合の差し入れは単純に自慢。同じ学校の同級生だけでなく他校の生徒までくれるのは何も最近始まったことではない。
たいしたことではないけれど、その前に工藤から送られてきたメールにバレンタインのチョコの話があったからお返しに。
事件の犯人の凶器の隠し場所にブラジャーのパッドを使われたことも、事件のことは話さずにブラの話だけをふってみる。
胸の大きさをあんな手でごまかせることもショックだったのは本当、もしかするアイツが他の事件で参照になるかもと思ってみたのも本当。
誤解したかな、したやろな。
俺のこと女好きでアホなヤツと思ってくれたらそれでもええ。
そしたら絶対わからんやろ、あいつそういうとこ鈍いからな。
友人で、探偵で、・・・男で、そんなオレが工藤に懸想しとるなんざ知られたないねん。
けど、押し隠した思いを嘲笑うように、あいつから送られてくるメールから垣間見る女の影。
人と会う約束って何?
大切なクライアントって誰?
誰にも邪魔されたくないなんて思えるほどの時間を過ごす相手はどんな女?
受け取り目を通せば、心ごと沸騰しそう。下唇を噛みしめて、痛む胃を押さえる。
嫉妬するなんて、そんな権利ないのになあ。アホやなあ、オレ。
すぐに電話してしまえば、己の我慢はもろく崩れそうで、そんな時は工藤の邪魔をしないためであるかのように連絡を絶ちきる。
きっと声を聞いたら、言うてしまう。
まるで縋る女のようなメールを書いてしまうかもしれない。
耐えきれず東へと向かい、彼の隣にいる人間を引きはがしてしまうかも。
だからそんな時は、電話をベッドの下にマナーモードで放り込む。
でも電源は落とさない。そんなことでオレの心が読まれたら困るから。
その時手にした携帯電話が震えた。
青いランプの色、工藤や。喜色満面でメールのフォルダを開けば、短い文がパッと映る。
『事件の資料収集中。連絡控えろ。』
笑顔が固まるのがわかる。
れんらくひかえろ、か。誰かと会っとるんかな。いつもなら資料収集くらいで、連絡すんなって言わんもんな。
はは、と自嘲する。掌で顔を覆って、ギリリと歯を食いしばった。喉が熱い。
「なあ、オレ、ほんまは。・・・ほんまはなあ、工藤。」
ぽつり呟くと鼻で笑って、ベッドの上に寝転がる。天井をみつめて、それでも浮かぶのは彼の姿ばかり。
だけどな、やっぱり傍におりたいんや。
そのためならどんだけでも黙り通す。
お前を傷つけたない。謎を解く最高の笑顔を見ていたい。
好きだなんて、絶対に気づかれないようにしたるから。
おもむろに反動をつけて上半身を跳ね起こす。そして開いたままのメールに返信を書き込んだ。
『どんな事件や!なんかあったら協力すんで!遠慮なく連絡しいや~』
気づいてない振りだって、してみせるわ。
送信ボタンを押して、笑う。そうだ、笑っていなくては。
あの男が自由であるために、オレはあいつのいないところでも精一杯馬鹿みたいに笑っていよう。
「工藤。・・・工藤。」
ぎゅうと携帯電話を握りしめると、抱えた掌ごと額へと押し当てる。
名前だけ呼ばせて。
名前を呼ぶ声にだけ、愛しさを忍ばせてもええやろ?
告げられぬ思いを殺し、平次は目を閉じた。
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
