その開かれた隙間から覘くのは舌の赤ではなく、暗い深淵。
蛇に食われる恐怖、背筋が凍る。
お前は、外堀を埋めていきながら犯人を追い詰めるのを得意としていたな。
俺もまた、そうやって追い詰められていくのか。
風を願う心は届かず、何一つ動かない時間。
白い病棟が灰色の景色へと変貌していく。
ふいに平次の指が傍らの砂時計をつまみあげた。
くるりと掌を返してその存在をアピールする。
砂時計の砂は、手の中で揺られていてもやはり動かない。
えらべ、と彼の唇が動いた。
どういうことなのか、混乱しながらもその答えは明確で泣きたくなる。
欲しいモノに手が届くかもしれない。
現実の平次ならば、けしてさせない選択だと理解していても、抗うことの難しい誘惑。
けれど手に入れれば失うものがあり、そしてそれは工藤新一を構成するのに必要不可欠なモノだ。
おののく自分に焦れたのか、平次は足音もさせず固い床の上をのんびりと散歩でもするかのような足取りで近づいてくる。
授業中にペンを回す遊びをしている気楽さで、手の中の砂時計を弄びながら。
呼吸さえも忘れてしまいそうだ。
真綿で首を絞められている気がする。
ギシリと頭の傍のベッドマットが軋んだ。
平次が片手をついたからだと理解したときには、彼の体はゆっくりと新一へと覆い被さる。
左手だけはベッドから離して砂時計をちらつかせながら、笑みを浮かべて。
自分の息が相手の唇にかかるほどの距離。
閉じてしまいそうな瞼を許さず、おどけるような色さえ浮かべるその瞳から視線をそらさない。
とろりと情欲を含ませた漆黒が、柔和に濁るのを見る。
ギリギリと唇を噛みしめた。
違う。
動かない体がどうした。俺の本当に欲しいモノは何かなんて、あいつだって知っているはずだ。
俺が大切なのは―――。
その瞬間、ようやく体が動いた。
覆い被さる相手の胸を掌で軽く押す。
制止を明確にするその仕草に力はなかったが、その意志は睨み付けているこの俺の目に宿っていただろう。
彼のアルカイックに歪んだ表情は無機質となり、レプリカントを思わせる。
機械的な動きそのままに左手の指を僅かに広げた。
薄いガラスが割れる軽い音が響いて、転がり落ちた砂時計は白く冷たい床にその中身をぶちまける。
その瞬間、平次の掌が彼自身の顔を覆う。
喉で笑う低い声、吊り上げた唇、指の間から覘く目は嘲りと哀れみを浮かべていた。
掌は褐色ではなかった。指先まで陶器を思わせる硬質な白。
今まで平次だと思っていた男が、自分であることを悟るのに時間はかからなかった。
見開いたままの目が、空を見て柔らかくたゆむ。
唇がわずかに動いて、小さく、小さく呟きを零した。
誰に向けた言葉だったのか、もう知ることはできない。
そのまま急速に光を失う艶やかな緋色、彼女はそのまま呼吸を停止した。
初めて会ったときは幼さをまだ残した少女と呼べる年齢だった。
肩で揃えた細い髪がしゃらしゃらと日の光に透けて、笑顔はまるで熟れた林檎を思わせた。
たった数年を経て、彼女は殻を脱ぎ捨てるように女へと変貌する。
林檎のような笑顔を、石榴のルビーを匂わせる微笑みへと代えて。
内ポケットから取り出した煙草を、軽くくわえて火をつけた。
湖面を揺らす石。
彼女は、そう、ひとつの石だった。
小さいけれど投げ込まれればすべてを波立たせ、その波紋は投げ込まれたところから遠いほどに大きい。
組織の一角とはいえ、あれほどまでにダメージをうけた状況は、この数年他に知らない。
空を見上げる。
澄んだ群青、秋の匂いの風が距離と広さを強調する。
遮るもののない景色、眼下に白波、強い風が耳を切る、音。
片手で帽子を抑えながら、髪を梳くにまかせる。
煙を一度だけ吐き出してから、煙草を指先で弾いて捨てた。
革の手袋のまま寝転がる襟首を掴んで上半身を持ち上げ、そのままずるずると彼女を引き摺って崖の縁までたどり着く。
足が岩場で擦れて、小さく傷がつけられていく。傷口から血が、紅くぷつんと弾けて垂れる。
誰にさよならを告げたの。
もう、知ることはないけれど。
「俺はお前に別れを告げるよ。」
手を離すと、どさりと音をたてて彼女が横たわる。
靴の爪先をその体の下にさしいれて、思い切り蹴った。
落下する女の腕は空へと伸ばされたが、すぐに全部みえなくなった。
波の音と風がうるさくて、ざぶんという音は聞こえなかった。
きりきりと唇の両端がつり上がる。
ばいばい、しぇりー。
庭の酔芙蓉が枯れた。
記録的な猛暑、同時期の長雨と、植物には過酷な環境が根を腐らせてしまった。
開け放たれた窓から聞こえる、ざくざくと土を掘る音。
鍔の広い帽子と手袋をつけて、母親が枯れた花を根ごと除去している。
大切にしていたのに、と昨夜の夕食の時に溜息混じりに呟いた言葉が何故か心に切なく影を落とす。
庭を歩いて、あの花を見たのは二年前の夏だった。
指先は触れず、けれど体温を感じ取れるほどの距離。
翌年には一緒に花を見る機会は得られなかったけれど、
指先を絡ませて体温を分け合う距離を得ることができた。
ベッドに腰掛けたまま、ぼんやりと壁のポスターを眺める。
欲しかったバイクのそれは、あの頃はあこがれに胸をときめかせていたのに今はただ壁に貼られた紙でしかない。
残暑によって首筋を伝う汗を手の甲で拭い、視線を窓の外へと投げた。
前触れもなく消えた、彼は今どうしているのだろう。
繋がらなくなった携帯に不審を抱いて東へと赴いた自分を迎えたのは、
長い髪を短く切った、彼の幼馴染みの涙。
慌てて阿笠宅のドアを叩けば、出てきた老人はただ頭を振るばかり。
「行ってしまったよ、二人とも。」
一回り小さくなった白衣の背中に、怒りをむけることはできなかた。
組織のことを調べようとやっきになったが、結局自分はまだ学生で子供だという事実を周囲の大人によって確認させられただけ。
探偵でいることが許されていたのも、ただ父親の掌の上でしかなかったという現実。
・・・すべてに対等であると思っていた。
工藤にも、警察にも、事件にも、社会にも。
大人でも社会人でもないということ、それがどういうことなのかを思い知らされる。
このまま心も枯れてしまうのか。
吐き出されない涙が体内で沈殿して、魂を腐らせてしまいそうだ。
だから、最後の手段を使うことにした。
携帯電話のメモリーからずいぶん前に拾ったアドレス。
金の髪をなびかせた彼女は、今度は酔っていなかった。
もうじき彼岸花が咲く。
押し入れに閉じこめた、タンクバッグには旅立ちの準備。
見送るのは死の花でいい。
全部を裏切ってでも、俺は、俺であることを選ぶ。
決意の部屋に、土を掘る音だけが鮮明に響いていた。
十五夜更新できたようっ!
駄目だ。早く目を覚まさないと。
何度目かになるかわからない唾を嚥下する。また喉仏が大きく上下する。
目を見開いている感覚があって視界も良好、充分部屋を見渡せるほどに。
けれど瞼がゆるりと閉じられていることも同じく感覚で気付いている。
そしてそれは、ただ現実を感じるパーツに成り下がる。
がむしゃらに体中に力をいれて暴れようとするが、ベッドの上の体はぴくりとも動かない。
金縛りか、上から何かがのしかかる重圧感に指先ひとつ動かない。
こちらの焦燥と必死の足掻きを知らず、彼は佇んでいる。
静謐の中の緑のように優しい瞳がこちらを見ている。
淡く浮かんだ笑みが澄んだ湖に投げこまれた石みたいで、それは静かに心を波立たせていく。
波紋は大きくなるばかり、もし今あの唇が薄く開いて俺の名前を呼んだなら、・・・答えてしまうかもしれない。
名前を、呼んでしまうかもしれない。
いっそ叫んでしまおうか。
言葉など失って、ただ喉が枯れるまで叫び続ければ名前など呼ぶこともない。
そう思っても口を開くこともできず、じれて舌を噛もうとしてもそれも叶わない。
たとえ一人きりの部屋でも、隠した感情を含めた声で呼んだことはない。
指の腹を何度噛んで耐えたことだろう。
唇という堰を一度超えてしまうことが恐ろしい。
恐ろしい。
早く、目を覚まさなければ。
誰にも聞かれる前に、誰にも気づかれぬ前に。
高木刑事が後を追っている可能性がある以上、誰かが傍にいる可能性が否めない。
短いやりとりではあったが、見た目ほど鈍くない高木はそうした時の思い切りはいい。
服部も、俺との連絡がつかなければ高木へと連絡をつけている可能性が高い。
もしかすると最悪ビルの横に体を放り出されて死んでいるのかもしれないが、なんとなくそれはないという感覚がある。
そして自分の体がこの夢のとおり現実に病院にあると仮定すれば、身近な人間や警察関係者がついているだろうと考えることができるし、特に連絡を受けた蘭が病室へと付き添う確率はかなり高い。
彼らはあいつを知っている。
オレが名前を呼べば、何かを悟られてしまうかもしれない。
――― 暴かれるかもしれない。
それは小さな体だったことが暴露されそうになった時よりも強い恐れ、冷たい汗が背を伝う。
追い詰められた犯人の心情を身を以て知る。胸を押さえたくなる圧迫感。
目を覚まさなければ。
彼のことは本当は夢にだってみたくない。
胸の奥、密かに抱いた気持ちを誰にも悟られたくはない。
もちろん、彼自身にも。
名前を呼ばないように、起きろ起きろとだけ念じ続ける。
目を覚まして、早く理性を。
夢は嫌いなんだ。
たかが夢なんだからと、誘う。
声に何の演技も被せず呼んでもいいじゃないかと、自分の思いを少しでも形にしていいだろうと誘惑する。
ざわつく唇は、もう閉じることはできず薄く開いてしまっている。
わずかに息を吸う。
濡れた口内にその空気は冷たく触れて、焦りは新一の理性まで蝕んでいく。
新一は何か、目を覚ますきっかけが欲しいともう一度部屋中を見渡した。
動かない肉体はもう役にたたない。
夢ならば自分の都合に合わせて、何かできないか。
なんでもいい、工藤新一の矜持と俺をとりまくすべての人間関係を守る為に、何か。
何か。
ふと平次の傍らに置かれた花に目がとまる。
さらさらと流れ落ちることのない砂が蹲る時計にも。
縋るように新一は念じる。
割れろ花瓶。
動け砂粒。
夢如きにこの想いを暴かれてなるものか。
すべての時間が正しく流れ、俺をあるべき姿へと戻せ。
あるべき時間軸へと戻せ。
そのために強い風を一陣、ただ一陣。
和葉の話を最後まで聞きたくなくて、知らずその場を逃げ出した。
心臓がバクバクと音を立て、脂汗だろうじとりとした嫌な汗が額から落ちる。
駈けだした足は、それでもやはり彼の元へと無意識にだとりついてしまい、
くだんの2人の並ぶ姿は自分を硬直させるに充分。
ぐわりと鳴る頭の中、先程までの興奮の熱は嘘のように、冷たく凍る。
おかしい。俺はなんで、こんなにも混乱しているのか。
コントロールできない波に飲まれそうな自分を叱咤し、目の前の少年の顔をした男を見てまたそれを繰り返す。
走ってきたせいであがった息を整えながら、腕を伸ばして彼を引き寄せた。
無意識。自分でも馬鹿な行動をしてしまった自覚があるもののどうしようもなく、
訝しげに見やる彼に、「何か報告することあるんちゃいまっか~」と混乱を隠してわざと大仰におどけて問う。
・・・さて、俺はなんて返事が聞きたいのだろうか。
震える指先を悟られぬよう、思い切りだらしなく笑って見せた。
抱きしめる腕のきつさに安堵の息を吐く。
耳元でうるせえ声。
聞こえてるよ、てめえが俺を呼ぶ声だけは間違わない。
いつだってお前は、引きずり出すんだ。
探偵としての、工藤新一としての、俺を。
ただ名前を呼ぶだけで。
だからといって、何があろうともあいつは立ち止まらない。
ただ声をかけるだけだ。
必ず俺が追いつき、時に追い抜くことを疑わない。
それはもういっそ愚鈍ささえ感じさせる一途さで、信じられている。
身動ぎすると胸が圧迫されるような痛み。
ぐ、と呻き声が喉から漏れる。
痛みに耐えながら、薄く瞼を開けて滲む視界にヤツの顔を見いだす。
バーロゥ。なんて顔してやがんだ。
精一杯の強がりで、唇の端を持ち上げる。
泣いているのか笑っているのか、そのどちらともとれる表情で彼は目元を緩ませた。
しかし、そこにわずかな逡巡の翳り。
それはまだ、事件が継続していることを示している。
同時に俺の傷が深いことも。
――― だけど呼んだだろ?探偵としての俺を。
持ち上げた腕は力が入らず、みっともなく震えた。
撃たれた胸に零れた液体で赤く濡れていたけれど、まだ動く。役に立つ。
そして無言で、犯人の逃げた先を指で示す。
ごくりと唾を飲むと、平次は一度だけ目を閉じてギリと短く歯ぎしりした。
再び目を開けたときは、いつもの彼の表情。
ニヤリと笑って、頷いた。くしゃりと髪を梳くのも忘れない。
そして抱きしめていた俺の体をそっと地面に横たえると、すくっと立ち上がった。
もう俺を見ない。
視線は遙か彼方へと向けて、強く握りしめる拳。
そのまま駆け出す背中を、俺は白む世界の中に見送る。
振り返らない。
瞬く間に遠くなる姿。
お前、マジ俺を信じすぎだろ。
思わず笑みが浮かんだ。
ああ、なんて幸福感。意識の中を、海がゆっくりと満ちていくよう。
・・・・・・だから。
もう少しだけ、一緒に。
切に願う心も、今、どくりと流れていく血を止めてはくれなかった。
連休の重なる週末、部活でよほど忙しい時をのぞいて彼はよく東へと通ってきた。
嬉しいと思う反面、自覚した心故に苦しさも感じる。
そっけなく対応しようにも、にじみ出るのは何とやらか。
浮き立つ気持ちを抑え切れていなかっただろう、気づけば面はゆい顔でこちらを見ていたヤツの顔が浮かぶ。
それもすぐ事件に巻き込まれて、なしくずしに東西へと別れていく日常。
またな、と家を出て行く後ろ姿、その輪郭が西日の光を浴びてきらきらと弾いていた。
バーロウ、てめえがいるとゆっくりできねえ。もう来るな。
なんて軽口を叩けば、何故か被っている帽子の鍔をきゅっと掴んだ。
彼の幼馴染み曰く、”スイッチオン”。
手首を翻して鍔を前へ向けると、ふうっと笑って何も言わずに玄関を閉めた。
妙に、意味深げな視線を残して。
扉の閉まる音、鍵をかける自分の指、金属の硬い音が隔絶を示すと心は解放される。
走って2階へと駆け上がり、門の見える書斎の窓へと近づいて、けれど彼から姿を見られるなんて浅はかなドジは踏まない。
窓辺から二歩ほど離れた場所、門からは死角になる位置から息を詰めて彼が出て行くのを見守る。
錆び付いた門の音が聞こえない距離。
後ろ手に閉める彼は、何故かいつもこちらを見ない。
俺も声を出さない。息を詰めて、背中が見えなくなるまでずっと見つめている。
それだけを自分に許している。
西へと向かう新幹線に彼が乗る頃、新一は書斎に蹲り何度も恋を殺そうと呟く。
同性だとか、彼には幼馴染みがの女がいるよ、とか、探偵として傍にいたい、とか。
暗示をかける言葉を口の中で何度も何度も呟く。
折り曲げた膝の間に体を落として耳を塞ぎながら、何度も何度も催眠をかけるかのように何度も、…呟く。
胃の壁が溶ける感触を存分に味わいながら。
そんな思いを飲み込んでいるコトも知らず、目の前の男はじっとこちらを見ている。
花、なんてらしくねえもの持ち込みやがって。
思わず唇を歪めて笑う。
浮かんだのは、最初の見舞いのこと。
博士に請われたとはいえ、飛行機に乗ってまで大阪から文字通り飛んできた。
蘭が気付いているかもしれないと、その悩みを真摯に受け止めて、
間抜けな方法ではあったものの身を張って俺をかばってくれていた。
あの時の百合の花は一応受け取ったけれど、やはり香りがきつくて蘭が持ち帰ったんだよな。
そこまで考えて、ふと気付く。
香り?
・・・・・・・おかしい。
違和感に気づき、新一は周囲を見渡す。
動かないはずの体、それなのに視線は首を回したかのようにぐるりと動く。
ここは病院で、ならば独特の消毒液の香りがするはずではないだろうか。
けれど何も香らない。無機質な硬い空気を感じるだけ。
花瓶にこんもりと盛られた霞草、白薔薇は10本を超えているというのに花の匂いもこちらへと香らない。
視界の動きも妙だ。
身動きできない体だったはずだ、実際に動いている感覚もない。
それなのにさきほどは部屋中をぐるりと見渡した。
何より平次をまじまじと見て俺は笑ったはずだ。
俺が意識を取り戻したのに気付けば、平次は声をかけてくるだろう。
彼ならば迅速に医者を呼ぶことも忘れない。
それなのにまだ、ただ新一のベッドへと視線を預けたまま立ちつくす。
新一の背中に冷たいものが走る。ごくりと唾を呑んで、探偵としての目で部屋中を観察する。
何故に今まで気付かなかったのか。
窓が開け放たれているにも関わらず、ひらりとも揺れないカーテン。
砂時計の砂は、上段の砂が残りながらも一粒もその時を零すことなく。
---いけない。これは夢だ。
どくり、と新一の心臓が跳ねる。
ひ、と口の中で悲鳴を押し殺す。
がぶりと自分の腕に齧り付いた。皮膚と歯の間から、くぐもった声と息が漏れ出る。
けして、言葉など発するモノか。
ぎゅうと閉じた瞼から、ぽろと涙が零れたが、より強く歯を食いしばる。
本当は気持ちよすぎて、理性など溶けてしまいそう。
やだやだ、と叫びたくても、少しでも言葉を出せば、そこを何度も蹂躙する舌で追われるのは目に見えている。
深く体内に差し込まれた楔が、前回俺が達したところを何度も行き来する。
ひくひく、と体が跳ねる。
そのたびに嬉しそうに笑う声が落ちてくる。
揺さぶる動きを止めようとせず、身動ぎした箇所を執拗に何度も何度もゆっくりと責めてくる。
(あ、あ、あ、あ、)
ぞくぞくっと、背筋を疾走する快感。
れろ、とうなじを舐められながら、濡れた先端の割れ目を指で嬲られる。
(やだやだやだやだ、あ、・・・もぅ、や、だ)
意識が下腹部に集中する。熱が、全身を毒のように回る。
声は出さない。それだけはせめてもの抵抗。
全部をもっていきそうな快楽を植え付けて、そこから俺を落とそうとするなんざ、
「せんねん、はええんだ、よっ」
肩越しにぎろりと睨んで吐き出せば、
くすくすと笑うと、そういうことやないんやでと、そう言ってひどくおかしそうに笑った。
薄い緑色のカーテンがひかれている窓、その二枚の合わせ目の隙間から柔らかい光が零れる。
はらはらはらと、光の粒子にオルゴールの音を混ぜた錯覚さえ覚えるゆったりとした静寂。
光は窓の下に置かれたサイドテーブルに散らばり、そこに置かれている砂時計に弾かれながら、
ガラスの緩やかなフォルムに沿って床へと落ちていく。
桜の花弁みたいだな。
ぼんやりと覚醒する意識の中、新一はそう考える。
ここは病院だろうか、置かれた砂時計に見覚えがあった。
以前入院した際に、体温を測るために病室に備え付けられているのを思いだしたからだ。
白い壁で四方を囲まれた部屋、細いパイプで構成されたベッド、4本の足で立つ背もたれのない丸座の折りたたみ椅子。
見慣れた場所のようだったが、でもそこは以前入院したところとは少し違う雰囲気がした。
どこだろうか、と訝しむ。
病室は個室だろうか、他には誰もいない。医療関係者の気配も付き添いの人間の気配も何一つ。
それを証明するように、音がない。
ちり、と胸の奥で僅かな焦燥感。
状況の把握をしなければと記憶をたぐり寄せ、ようやく自分がビルから落下したことを思い出す。
体を動かそうと試みるも、ひどく重たい感じがして指先すらぴくりとも動かない。
痛みは感じないのは麻酔でもかけられているせいだろうか。
溜息をつくと、動くことをあきらめてゆるりと力を抜いた。
天井を見つめながら、現場となったビルの状景を思い起こす。
犯人は捕まっただろうか。
証拠である物品は、犯人の手には渡っていないだろうか。
楽観的な思考だが、何となく事件は解決に向かっている予感がある。
落ちる瞬間誰かの叫び声を聞いたような気がした。
近くに人がいた証拠だ。
聞き覚えのあるその声は、自分の名前を呼んでいた気がする。
高木刑事とは、直前まで電話のやりとりをしていた。
彼は見かけによらず勘が鋭い。
新一の電話での応対に不審を抱いて、追いかけてくる可能性も高かった。
だとすると俺、かっこわりいなあ。
自分のドジに心の中だけで悪態をつきつつも、そうであってくれと思いながらまた溜息。
ふと、廊下の向こう側、人が近づいてくる気配がした。
蘭だろうか。こういう場合、彼女が付き添うことが多い。
また怒られるだろうな、と乾いた笑いを口元に浮かべて病室の入口を見つめた。
病室の開かれたままの扉から、重力も感じさせないまま、男が一人入室してきた。
両手には様々な白い花をわさりといけた花瓶を持っており、黒い肌に艶やかにその白が映える。
花束の中心を担う溢れんばかりの霞草は、彼が歩くたびにふわりふわりと空気を動かすことのないやわらかさで揺れた。
サイドテーブルへ花瓶を置くと、男はそのままテーブルに片手を突いてこちらを見る。
あ。
ぴくんと指先が跳ねる。
こんな時には一番見たくない顔がそこにあった。
・・・そういや、週末は連休だっけ。
胃の腑にじんわり熱いものが滲んでいく。
会いたくなかった。やんわりと会う回数を減らすようにしていた。
だけど本当は、馬鹿みたいに会いたい会いたい・・・なんて、願っている男の顔が。
たとえばあいしてるってことばがなにをうむのか、しってる?
深淵、底なしの闇。
亀裂。
だって、目の前にそれが生まれて、笑うしかないんだ。
傷ついた目に浮かんだ、得体の知れないものを見るような色。
のばしかけた腕は宙に留まり、ゆっくりと沈むように落ちた。
*************************************
たとえばあいしてるということばがなにをこわすのかしっているか。
友情、信頼。
常識。
恐ろしいと思う。
目の前の人間が知らない誰かのようだ。
そして、足下から這い上がる喪失の予感に震える。
たぶんあの声は、世界が壊れる音そのもの。
・・・ちなみに喪失するのは常識や理性とかそんなものです。
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
