ぴしりと、こめかみに青筋が浮いた音を自身に聞く。
「申し訳ありませんが、」
駄目だ、と理性が警告するものの、口を閉じることはできなかった。
「俺にはもう心に決めたいる人がいますので、」てめーらなんざ、と心だけでつけたして、
「ご遠慮させていただきます。」
新一はにっこりと笑いながらも、冷たい怒りを隠しもせず明確に拒絶する。
「毛利探偵の娘さんなら、君から離れたことはもう調べがついているんだよ。」
ふふ、と鼻で笑いながら女の一人が長い爪の先を新一の鼻先につきつける。
「今、あなたが特定の人間と恋人関係にないこともわかっています。」
誤解されていなくて良かった。新一はわずかに胸を撫で下ろす。
こういう類の人間が彼女へと嫌がらせをすることは度々あった。
一人静かに耐えていた蘭だったが、新一が平次と付き合うようになってからは それらを隠さずに相談するようになり、
二人が明確に距離を置くようになってからしばらくして、彼女への直接的な攻撃は沈静化した。
もちろんその為に新一も平次も、こっそりと尽力したのだが。
同時に彼らの得ている情報が、工藤邸の外の範囲であることもわかった。
ならば助けに対する防御も甘いものだろう。やつらは彼の恐ろしさを知らない。
残り少なくなった忍耐力をフル稼働させようと、溢れそうになる怒りを無理やり胃の奥へ押し込めようとする。
そんな新一の内情を知らずか、想いを口に乗せ始めた彼らの舌は滑らかに増長する。
「例えあなたが誰とつきあおうと、それは”まやかし”でしかないわ。」
「そうとも!私たちこそが”真実”なのだから。」
「真実はいつも一つ、なのでしょう?あなたを愛する人間は私たちだけ。それが唯一の事実であり、真実です。」
情報を遮断して洗脳する。拉致した一番の目的はコレか。
愛するというわりに、転がされている部屋は日の光の入らない地下室。
コンクリートの床の冷たさと、自由の利かない拘束された四肢は時間の経過とともに正常な判断を失わせるだろう。
それが工藤新一に通用するかは別として。
「けれど、これは犯罪です。僕が最も憎むべき行為です。僕を愛しているのであれば、こういう方法は逆効果ですよ。」
努めて冷静さを保ちつつ会話を続ける。彼らから見ればこの場を取り繕うように見えるだろうことも計算して。
「理解してもらうのに時間はかかるだろう。これこそが究極の愛の示し方なのだと。」
「私たちは、あえてこの方法をとったのです。あなたに気づいてもらうために。」
男が天井に両手を差し伸べて、まるで神の啓示を知らしめる信者の如く宣告する。
次々と頷く狂信者たちが、ねっとりとした視線を新一へと絡めていく。
それらを制するように広げられた手をゆっくりと下ろし、男はその手を胸の前で交差して自分の胸を抱いた。
同時に浮かべられた悲痛な表情。苦悩する宣教師さながら、首を弱弱しく振って新一を見下ろした。
「法律では罪でしょう。しかし、この罪すらあなたに捧げるのです。
全ての私たちの日常を犠牲にして、それでもなお、あなたが欲しい。」
堪えきれず、新一は噴出した。いつもよりも高い笑い声が灰色の壁に反響する。
ひとしきり笑い終えると、新一の正気を疑うように戸惑う視線を正面から打破した。
「自分の弱さを愛に置き換えて、一人ヨガッてる奴の自己満足につき合わされるなんて冗談じゃねえよ。」
【4】へ
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
