東西名探偵/平×新のSSブログです。幸せイチャイチャ中心。 死にネタ別れネタなし。初めての方はカテゴリーより「はじめに」をクリックしてください。 ご意見、ご感想等ございましたら カテゴリー下にあるリンクのWEB拍手や文末コメントにてお願いします。
遅くなりました。bitter続きです。
前回までは下記リンクからどうぞ。
bitter
bitter 2
bitter 3
bitter 4
「なあどうして?お前、あの姉ちゃんのことが…好きだって言うてたやないか。」
少しだけ躊躇いつつも、平次はあの日のことを口にした。
「何があったんや。俺のせい言うならちゃんと話してみい。」
それらの疑問は、発した当人にとっては当然のものであったが、
それを受けた人間にとっては青天の霹靂のように驚愕をもたらす。
うろたえる思考、立て直す暇もなく畳み掛けられて新一は言葉も出せず視線をさ迷わせる。
白い腕を掴む褐色の掌、それを目に留めた瞬間熱を孕む手首。
熱い、と感じるとどうしようもなく、その熱が頬にまで昇るのを抑えきれない。
平次に見咎められるのを恐れて、新一は必死に腕をふりほどこうともがき始めた。
「こら、おとなしせえ、」
それを防ごうと平次は腕に力をこめる。腕に跡が残りそうなほどきつく。
「離せ…!」
「嫌や。ちゃんと質問に答えてからや。」
「てめえには関係ねえっ。」
「お前があるて言うたんや。きっちり聞かせてもらうで。」
反射的に新一は右足で蹴りを繰り出す。
「うお、」
避ける平次がバランスを崩して、二人そろって転倒しそうになるのを、
平次が咄嗟に新一を庇うようにして抱き込む。
けれど勢いは止まらず、せめて床への直撃を防ごうと新一の体ごとベッドへ落下方向を変えた。
柔らかい衝撃、背中にまわされた腕、ぬくもりが体を覆う。
「工藤?大丈夫か?」
即座に平次は腕で自身を支えて新一の体から己の体重を解放するが、
新一の体が自分の腕の中にあることで、一瞬硬直する。
僅かに紅潮する頬を見て、新一は以前にもこんなことがあったなと思い出した。
あの時も彼は自分を庇い、そして彼自身は怪我をしていることを微塵も感じさせず声をかけてくれたのだ。
「…おい、工藤。」
思い出した出来事に気をとられ、ぼんやりとしてしまったらしい。
ゆっくり声の主に視線を戻せば、ひどく不機嫌な平次の顔が間近にあった。
「俺もずいぶん舐められたもんやな。こんな状況でぼんやりできるんか。」
苛立つ声がその不機嫌さを証明する。
「だいたい自分のこと好きやいう男の部屋に、酔っ払ってほいほい入ってくるか?」
「…俺は男だ。」
「奇遇やな、俺かてそうや。――なら、わかるやろ?」
ぐいと腰を新一の腰へと乗り上げ、上半身を迫り上げて平次は新一を見下ろす。
「それとも、そういうコトされてもええとかって思ってる?」
ちり、と瞳に浮かんだ焔。
「ずいぶん遊んどるみたいだし、」
嘲るような口調とおどけてみせる表情。
けれど何故か泣きそうに見えて、新一は眉を寄せた。
「てめえは、しねえ。」
「……卑怯やな、自分。」
手首を拘束する平次の指が伸びて、そろり新一の掌を撫でる。
びくりとすくませた首へ、平次の唇が近づいていく。縫いとめられた腕が震えるのを止められない。
獣の気配に、すでに魂を喰らわれたかのよう。天井を眺める自分の目は瞬きを忘れている。
しかし突然平次の動きが止まり、ぎりぎりと手首を締め上げられた。
その痛みに新一は眉を顰める。
「…――、」
喉の奥へと音を立てて息が吸い込まれて、舌打ちが小さく響く。
ひどく傷ついた音のそれらが、新一に何かを刻んだ。
静かに拘束した腕を解放し、新一の上にいた平次がその身を引いてベッドから降りる。
背中を向けたまま冷蔵庫の前まで歩く平次の表情は、新一から伺うことができない。
先程まで平次の息がかかっていた首筋へ何気なく手を当てると、ぺとりとした感触。
ふと手を見れば鮮やかな紅色が僅かについており、それが先程の女のものだと認識するまでに少し時間がかかった。
平次は冷蔵庫の上に置かれたままのぬるいビールを、今度はコップに注がず瓶のまま呷る。
掌をぼんやりと見つめながら、新一はひどく哀しい気持ちになっている自分に気がついた。
掌についた紅をベッドのシーツで拭おうとして、ここが平次の部屋であることを思い出し、
その掌をスーツの腿に押し付けて拭う。
そしてシャツの袖を指でずりあげて、ごしごしと首筋を何度も擦った。
06へ
前回までは下記リンクからどうぞ。
bitter
bitter 2
bitter 3
bitter 4
「なあどうして?お前、あの姉ちゃんのことが…好きだって言うてたやないか。」
少しだけ躊躇いつつも、平次はあの日のことを口にした。
「何があったんや。俺のせい言うならちゃんと話してみい。」
それらの疑問は、発した当人にとっては当然のものであったが、
それを受けた人間にとっては青天の霹靂のように驚愕をもたらす。
うろたえる思考、立て直す暇もなく畳み掛けられて新一は言葉も出せず視線をさ迷わせる。
白い腕を掴む褐色の掌、それを目に留めた瞬間熱を孕む手首。
熱い、と感じるとどうしようもなく、その熱が頬にまで昇るのを抑えきれない。
平次に見咎められるのを恐れて、新一は必死に腕をふりほどこうともがき始めた。
「こら、おとなしせえ、」
それを防ごうと平次は腕に力をこめる。腕に跡が残りそうなほどきつく。
「離せ…!」
「嫌や。ちゃんと質問に答えてからや。」
「てめえには関係ねえっ。」
「お前があるて言うたんや。きっちり聞かせてもらうで。」
反射的に新一は右足で蹴りを繰り出す。
「うお、」
避ける平次がバランスを崩して、二人そろって転倒しそうになるのを、
平次が咄嗟に新一を庇うようにして抱き込む。
けれど勢いは止まらず、せめて床への直撃を防ごうと新一の体ごとベッドへ落下方向を変えた。
柔らかい衝撃、背中にまわされた腕、ぬくもりが体を覆う。
「工藤?大丈夫か?」
即座に平次は腕で自身を支えて新一の体から己の体重を解放するが、
新一の体が自分の腕の中にあることで、一瞬硬直する。
僅かに紅潮する頬を見て、新一は以前にもこんなことがあったなと思い出した。
あの時も彼は自分を庇い、そして彼自身は怪我をしていることを微塵も感じさせず声をかけてくれたのだ。
「…おい、工藤。」
思い出した出来事に気をとられ、ぼんやりとしてしまったらしい。
ゆっくり声の主に視線を戻せば、ひどく不機嫌な平次の顔が間近にあった。
「俺もずいぶん舐められたもんやな。こんな状況でぼんやりできるんか。」
苛立つ声がその不機嫌さを証明する。
「だいたい自分のこと好きやいう男の部屋に、酔っ払ってほいほい入ってくるか?」
「…俺は男だ。」
「奇遇やな、俺かてそうや。――なら、わかるやろ?」
ぐいと腰を新一の腰へと乗り上げ、上半身を迫り上げて平次は新一を見下ろす。
「それとも、そういうコトされてもええとかって思ってる?」
ちり、と瞳に浮かんだ焔。
「ずいぶん遊んどるみたいだし、」
嘲るような口調とおどけてみせる表情。
けれど何故か泣きそうに見えて、新一は眉を寄せた。
「てめえは、しねえ。」
「……卑怯やな、自分。」
手首を拘束する平次の指が伸びて、そろり新一の掌を撫でる。
びくりとすくませた首へ、平次の唇が近づいていく。縫いとめられた腕が震えるのを止められない。
獣の気配に、すでに魂を喰らわれたかのよう。天井を眺める自分の目は瞬きを忘れている。
しかし突然平次の動きが止まり、ぎりぎりと手首を締め上げられた。
その痛みに新一は眉を顰める。
「…――、」
喉の奥へと音を立てて息が吸い込まれて、舌打ちが小さく響く。
ひどく傷ついた音のそれらが、新一に何かを刻んだ。
静かに拘束した腕を解放し、新一の上にいた平次がその身を引いてベッドから降りる。
背中を向けたまま冷蔵庫の前まで歩く平次の表情は、新一から伺うことができない。
先程まで平次の息がかかっていた首筋へ何気なく手を当てると、ぺとりとした感触。
ふと手を見れば鮮やかな紅色が僅かについており、それが先程の女のものだと認識するまでに少し時間がかかった。
平次は冷蔵庫の上に置かれたままのぬるいビールを、今度はコップに注がず瓶のまま呷る。
掌をぼんやりと見つめながら、新一はひどく哀しい気持ちになっている自分に気がついた。
掌についた紅をベッドのシーツで拭おうとして、ここが平次の部屋であることを思い出し、
その掌をスーツの腿に押し付けて拭う。
そしてシャツの袖を指でずりあげて、ごしごしと首筋を何度も擦った。
06へ
PR
ここ数日、漆黒のテレビ放映や映画の開封などで、いつもよりも多くの方にご来訪いただいたようです。
ありがとうございます。
それなのに私事多忙につき、更新が滞りました。
映画はKIDが黒羽くん仕様と聞いてときめきました。(←黒羽くん好き。)
そして平次がたくさん出ていると聞いてたまりません。DVDでたら即効借ります。
チビがいるので映画を見に行くことはできません。
お好み焼きオデッセイは予算の都合上あきらめました。
愛はその程度かと言われると哀しいのですが、本当無理。
そのため、この二つの感想やssは書くことが出来ません。
申し訳ございません。
また状況が落ち着いておらず4月中に後2回更新できるか否か、といったところです。
3日に一度更新とサーチで記載させていただいているにも関わらずこのていたらくで申し訳ない。
でも出来るかぎり書いていきたいと思っていますので、また遊びにいらしてくださると嬉しいです。
ありがとうございます。
それなのに私事多忙につき、更新が滞りました。
映画はKIDが黒羽くん仕様と聞いてときめきました。(←黒羽くん好き。)
そして平次がたくさん出ていると聞いてたまりません。DVDでたら即効借ります。
チビがいるので映画を見に行くことはできません。
お好み焼きオデッセイは予算の都合上あきらめました。
愛はその程度かと言われると哀しいのですが、本当無理。
そのため、この二つの感想やssは書くことが出来ません。
申し訳ございません。
また状況が落ち着いておらず4月中に後2回更新できるか否か、といったところです。
3日に一度更新とサーチで記載させていただいているにも関わらずこのていたらくで申し訳ない。
でも出来るかぎり書いていきたいと思っていますので、また遊びにいらしてくださると嬉しいです。
事件の解決とともにつらい試練をつきつけられた恋人の二人が、長い葛藤の末、ようやく結ばれることとなった。
その事件を解決した東西名探偵を、感謝の意を表して幼馴染とともに結婚式へと招待されたのは日付の変る前。
よかった、としきりに言い続ける蘭や和葉とともに、機嫌よく飲み続ける男二人は無言でその言葉を心から肯定している。
結婚式の後、少しのアルコールの勢いで4人だけの二次会と酒を買い込んで工藤邸に集まったのはすでに何時間前になるか。
少なくとも空はまだ僅かにオレンジを含んでいたように思う。
「ほんっと、幸せそうやったねーっ」
「和葉ちゃん式の間ずっと泣いてたもんね。」
「すっごい感動したんやもん!あの二人が結婚できてほんまよかったわー・・・」
あんたもそう思うやろ?と今日何度目かになるかわからないやりとりを隣に座る平次へと向ける。
「あーはいはい。そうやなー」
手にしたコップを放さぬまま適当に相槌を打つ平次に、
むうとした表情を隠さぬ和葉がバシバシとその肩を叩きながら返事が小さい!などと怒鳴っている。
くだけた場での親しい人間だけというシチュエーションか、めでたい式での嬉しい顔を見たせいか、いつもよりも皆ピッチが早い。
最初はソファに座っていた全員が、今は床に座り込んでツマミをピクニックばりに広げていた。
それを囲んで平次の隣には和葉が座り、新一の隣には蘭が座る。
大阪東京チームは男女互いが正面から向き合う形となり、男は男同士、女は女同士、膝突きつけて絶え間なく話し続ける。
ビールやチューハイの缶を抱える蘭や和葉の顔はにこやかでほんのり朱に染まり、高い声でのおしゃべりは何時も以上にハイテンション。
平次や新一もすでに頬は紅潮し、瞳が僅かにとろりとしている。
酒に強い二人だがそれもそのはず、すでに飲み物を日本酒やウイスキーへと移行させているというのに、
ぱかぱかっと水でも呷るようにしているからだ。
機嫌よく飲んでいたのだが、新一の表情が僅かに曇っていくのを不運にも誰も気がつかない。
もしかすると工藤新一本人すら気付いていないのかもしれなかった。
まあ、酔いがこれほどまわっていなければ、幼馴染も彼の恋人も見逃しはしなかっただろうが。
時間の経過と酔いの深さに比例して、平次にもたれかかる和葉の面積が増えていく。
それはいつものことらしく、平次は気にするそぶりすら見せない。
蘭も膝が触れるほど新一の傍に座り、たわいない思い出話に花を咲かせる。
このメンバーがそろうのは久しぶりのことで、蘭自身も工藤邸に入ること自体が久しぶりで思わず気持ちが懐かしさで浮かれる。
今日はここで全員が泊るのだと決定した時に、客室を何故平次がしつらえていたのは疑問だったが、気に掛ける前に酒宴が始まったのだ。
「やかましいーなー、耳元でぎゃんぎゃん騒ぐな。」
「何やて?あんたが返事せんから聞こえるようにしとるだけやん。きーこーえーるーかー?」
平次の耳を引っ張り、その耳に齧りつくほどの近い距離で和葉が叫んだ。
きーんと響く大ボリュームの高音に、平次が耳を塞ぎながら目をチカチカさせる。
首には腕を絡み付けて、胸が平次の頬にぶつかるのもおかまいなしだ。
計算してやっていないところが彼女らしい。
その仕草に声をあげて笑う蘭の隣で、ことり、新一が手にしていたコップを床に置いて静かに口を開いた。
「遠山さん。」
「なん?工藤くん。」
肩を組むようにしてべったりと平次にもたれていた和葉が、新一の声に顔を上げる。
「それ、俺のだから、あんまりくっつかないでくれるかな。」
凍るような沈黙。
「あ、あれ、天使が通ったんかなー…」
平次の微妙なフォローにより、その沈黙がさらに重くなる。
固まった和葉が、まるで機械仕掛けの人形のようにギシギシと首を軋ませて平次へと視線を向けた。
目がまんまるに開いて、けれど言葉の意味がよくわからないと平次へ無言の質問を投げる。
「し、新一?俺のって?」
蘭が新一の顔の前に手を振り、正気かどうかを確認しようとしていた。
(正気の訳あるか、アホぅ。)
にこやかな笑顔を浮かべたまま、幼馴染や平次が見ればわかる程度に不機嫌な表情を浮かべた新一を横目に、平次はだらだらと背中に汗をかく。
爆弾発言に瞬時に酔いが冷めた自分が憎い。
この状況をどう打開するかに思考を集中させようにも、この凍った時間を解凍する術はすぐにはみつからない。
(内緒いうたんは自分やろー!)
心の中で叫びつつ、けれどその発言に緩みそうになる頬をぐっと歯を噛み締めてこらえる。
とりあえずまだ具体的な言葉は何一つ出ていない。
酔いが冷めた後のことを考えれば、今の発言に深い意味がなかったように流して次の話題へ転じることが最善だろう。
幸い蘭も和葉も酔っている。そう、酔っ払いの戯言やっ!流そう!
「あー、氷がきれたみたいやな。俺、とってくるわ。」
閑話休題とばかりに平次はおもむろに立ち上がり、呆然と体にへばりついていた和葉をその自重で落とすとキッチンへ向かうため一歩踏み出す。
同時に腕を横から掴まれて、ぐいと引っ張られた。
アルコールでふらついた足もとをすくわれる形となった平次が、引かれる腕の重力で勢いよく倒れこむ。
どしんと尻餅をついたその場所は、胡坐をかいた工藤新一の膝の上。
「へ?」
状況を把握しきれず、思わず硬直したその体をぎゅうと新一が横抱きに抱きしめた。
「お前も自覚しろ。」
ぼそりと耳元で囁かれ、酔いだけでない頬の紅さを昇る熱で体感する。
呆気にとられてただ眺めているだけしかできない女性陣の目の前、新一の手に顎を掴まれて平次の顔と新一の顔が正面に向き合う。
やばいっと身構えたが時すでに遅く、はむっと唇を塞がれた。
「ええええええええっ?」
叫び声は誰の声か、それを確認もできやしない。
一瞬だけのキスなのかどうかもわからない接触を受け、今だ硬直を続ける平次の間抜けた表情に新一が声をあげて笑う。
そうして、ちろっと和葉へと視線を投げ、「ね?」と幼い子供のように相槌を求める。
反射的にこくんと頷いた和葉ににんまりと笑いを返してから、次は蘭へと「な?」と相槌を求めた。
こちらもまた反射的に頷くことしかできない。
それらを確認した新一は、ひどく満足そうに笑うと平次の膝の下へと腕をさしいれた。
「よいせっと。」
掛け声あげて、勢いよく立ち上がった新一の腕の中には、お姫様のように横抱きに平次が抱っこされていた。
もう反撃する気力のひとかけらすら残されてない平次が乾いた笑いを発すると、
新一は何故か勝ち誇った笑い声を響かせた。
その勢いのまま一歩足を踏み出したが、バランスを崩して平次ごと広げられたツマミの上にダイブする。
舞い散るカシューナッツやチップスの残骸に埋もれて転がる平次の腹の上で、それでもくすくすと新一は笑い続けた。
(なんやシュールやなあ。)
すでに現実逃避をし始めた意識の端に、同じように現実逃避を始めている蘭と和葉の見開いた目が映った。
「…明日が、いろいろな意味で楽しみやなー…。」
力なく呟いた声に、酔っ払った新一の笑い声が被さった。
カカイル王道を平新で書きたかった。酔っ払い素直ネタ大好き。力不足無念・・・!
その事件を解決した東西名探偵を、感謝の意を表して幼馴染とともに結婚式へと招待されたのは日付の変る前。
よかった、としきりに言い続ける蘭や和葉とともに、機嫌よく飲み続ける男二人は無言でその言葉を心から肯定している。
結婚式の後、少しのアルコールの勢いで4人だけの二次会と酒を買い込んで工藤邸に集まったのはすでに何時間前になるか。
少なくとも空はまだ僅かにオレンジを含んでいたように思う。
「ほんっと、幸せそうやったねーっ」
「和葉ちゃん式の間ずっと泣いてたもんね。」
「すっごい感動したんやもん!あの二人が結婚できてほんまよかったわー・・・」
あんたもそう思うやろ?と今日何度目かになるかわからないやりとりを隣に座る平次へと向ける。
「あーはいはい。そうやなー」
手にしたコップを放さぬまま適当に相槌を打つ平次に、
むうとした表情を隠さぬ和葉がバシバシとその肩を叩きながら返事が小さい!などと怒鳴っている。
くだけた場での親しい人間だけというシチュエーションか、めでたい式での嬉しい顔を見たせいか、いつもよりも皆ピッチが早い。
最初はソファに座っていた全員が、今は床に座り込んでツマミをピクニックばりに広げていた。
それを囲んで平次の隣には和葉が座り、新一の隣には蘭が座る。
大阪東京チームは男女互いが正面から向き合う形となり、男は男同士、女は女同士、膝突きつけて絶え間なく話し続ける。
ビールやチューハイの缶を抱える蘭や和葉の顔はにこやかでほんのり朱に染まり、高い声でのおしゃべりは何時も以上にハイテンション。
平次や新一もすでに頬は紅潮し、瞳が僅かにとろりとしている。
酒に強い二人だがそれもそのはず、すでに飲み物を日本酒やウイスキーへと移行させているというのに、
ぱかぱかっと水でも呷るようにしているからだ。
機嫌よく飲んでいたのだが、新一の表情が僅かに曇っていくのを不運にも誰も気がつかない。
もしかすると工藤新一本人すら気付いていないのかもしれなかった。
まあ、酔いがこれほどまわっていなければ、幼馴染も彼の恋人も見逃しはしなかっただろうが。
時間の経過と酔いの深さに比例して、平次にもたれかかる和葉の面積が増えていく。
それはいつものことらしく、平次は気にするそぶりすら見せない。
蘭も膝が触れるほど新一の傍に座り、たわいない思い出話に花を咲かせる。
このメンバーがそろうのは久しぶりのことで、蘭自身も工藤邸に入ること自体が久しぶりで思わず気持ちが懐かしさで浮かれる。
今日はここで全員が泊るのだと決定した時に、客室を何故平次がしつらえていたのは疑問だったが、気に掛ける前に酒宴が始まったのだ。
「やかましいーなー、耳元でぎゃんぎゃん騒ぐな。」
「何やて?あんたが返事せんから聞こえるようにしとるだけやん。きーこーえーるーかー?」
平次の耳を引っ張り、その耳に齧りつくほどの近い距離で和葉が叫んだ。
きーんと響く大ボリュームの高音に、平次が耳を塞ぎながら目をチカチカさせる。
首には腕を絡み付けて、胸が平次の頬にぶつかるのもおかまいなしだ。
計算してやっていないところが彼女らしい。
その仕草に声をあげて笑う蘭の隣で、ことり、新一が手にしていたコップを床に置いて静かに口を開いた。
「遠山さん。」
「なん?工藤くん。」
肩を組むようにしてべったりと平次にもたれていた和葉が、新一の声に顔を上げる。
「それ、俺のだから、あんまりくっつかないでくれるかな。」
凍るような沈黙。
「あ、あれ、天使が通ったんかなー…」
平次の微妙なフォローにより、その沈黙がさらに重くなる。
固まった和葉が、まるで機械仕掛けの人形のようにギシギシと首を軋ませて平次へと視線を向けた。
目がまんまるに開いて、けれど言葉の意味がよくわからないと平次へ無言の質問を投げる。
「し、新一?俺のって?」
蘭が新一の顔の前に手を振り、正気かどうかを確認しようとしていた。
(正気の訳あるか、アホぅ。)
にこやかな笑顔を浮かべたまま、幼馴染や平次が見ればわかる程度に不機嫌な表情を浮かべた新一を横目に、平次はだらだらと背中に汗をかく。
爆弾発言に瞬時に酔いが冷めた自分が憎い。
この状況をどう打開するかに思考を集中させようにも、この凍った時間を解凍する術はすぐにはみつからない。
(内緒いうたんは自分やろー!)
心の中で叫びつつ、けれどその発言に緩みそうになる頬をぐっと歯を噛み締めてこらえる。
とりあえずまだ具体的な言葉は何一つ出ていない。
酔いが冷めた後のことを考えれば、今の発言に深い意味がなかったように流して次の話題へ転じることが最善だろう。
幸い蘭も和葉も酔っている。そう、酔っ払いの戯言やっ!流そう!
「あー、氷がきれたみたいやな。俺、とってくるわ。」
閑話休題とばかりに平次はおもむろに立ち上がり、呆然と体にへばりついていた和葉をその自重で落とすとキッチンへ向かうため一歩踏み出す。
同時に腕を横から掴まれて、ぐいと引っ張られた。
アルコールでふらついた足もとをすくわれる形となった平次が、引かれる腕の重力で勢いよく倒れこむ。
どしんと尻餅をついたその場所は、胡坐をかいた工藤新一の膝の上。
「へ?」
状況を把握しきれず、思わず硬直したその体をぎゅうと新一が横抱きに抱きしめた。
「お前も自覚しろ。」
ぼそりと耳元で囁かれ、酔いだけでない頬の紅さを昇る熱で体感する。
呆気にとられてただ眺めているだけしかできない女性陣の目の前、新一の手に顎を掴まれて平次の顔と新一の顔が正面に向き合う。
やばいっと身構えたが時すでに遅く、はむっと唇を塞がれた。
「ええええええええっ?」
叫び声は誰の声か、それを確認もできやしない。
一瞬だけのキスなのかどうかもわからない接触を受け、今だ硬直を続ける平次の間抜けた表情に新一が声をあげて笑う。
そうして、ちろっと和葉へと視線を投げ、「ね?」と幼い子供のように相槌を求める。
反射的にこくんと頷いた和葉ににんまりと笑いを返してから、次は蘭へと「な?」と相槌を求めた。
こちらもまた反射的に頷くことしかできない。
それらを確認した新一は、ひどく満足そうに笑うと平次の膝の下へと腕をさしいれた。
「よいせっと。」
掛け声あげて、勢いよく立ち上がった新一の腕の中には、お姫様のように横抱きに平次が抱っこされていた。
もう反撃する気力のひとかけらすら残されてない平次が乾いた笑いを発すると、
新一は何故か勝ち誇った笑い声を響かせた。
その勢いのまま一歩足を踏み出したが、バランスを崩して平次ごと広げられたツマミの上にダイブする。
舞い散るカシューナッツやチップスの残骸に埋もれて転がる平次の腹の上で、それでもくすくすと新一は笑い続けた。
(なんやシュールやなあ。)
すでに現実逃避をし始めた意識の端に、同じように現実逃避を始めている蘭と和葉の見開いた目が映った。
「…明日が、いろいろな意味で楽しみやなー…。」
力なく呟いた声に、酔っ払った新一の笑い声が被さった。
カカイル王道を平新で書きたかった。酔っ払い素直ネタ大好き。力不足無念・・・!
笑っている顔が好きだった。
もう一度その顔が見たくて、嘘をついた。
戻るはずだったその笑みが次の一瞬で固く強張り、そのままふわりと俺の嫌いな笑みが浮かぶ。
暗い瞳が闇を吐くように、アルカイックに弧を描いて細められた。
「嘘吐き」
腕をとられて、そのまま胸へと閉じ込められた。
耳元でもう一度、小さく「嘘吐き、」と詰られる。
けれど抱きしめる腕は幼い子供のように、縋る力で背中を辿る。
傷つけたと理解した時にはもう遅く、嘘なんて言わなければよかったという後悔で押し黙る。
俺の中にあるもの、全部が好きと次げたのは彼で、
そのことで苦しんでいるのを見ていられなくなるほど、彼を好きになったのは自分で。
嘘を見抜くのが互いの性だと忘れていた訳ではないけれど、浅はかだったと思い知る。
もう少し時間が経てば立ち直るだろうと、彼を信じていればよかったんだ。
まるで夜へと沈むようにして俺を抱くその胸には、葛藤や嫉妬を秘めてのたうつ業火。
幼馴染への淡い恋を殺すことのできない、幼い俺への苛立ちが立ち昇る。
すでにこの手は彼女ではなく目の前の男を選んでいるにも関わらず、
心のどこかで捨てきれないそれをこの男はきちんと受け止めようとして足掻いていたのに、俺がその努力を壊した。
「堪忍、な」
囁く声だった。
震えていた。
怒ってもいいだろうに、ひどく悲しんでいることがわかった。
それでも離さへん、とでもいうように、ぎゅうと腕の力を強くしてしがみついてくる。
胸が圧迫されて少し苦しかったけれど、温かくて心地よかった。
本当に謝らなくてはいけないのは自分の方だとわかっていたが、
もし今自分が謝罪すれば、きっと彼はなお苦しむだろう。
せめて少しでも真実を返そうと、ゆるゆると己の腕を持ち上げて彼の背中へと廻す。
肩口に埋める顔を摺り寄せて、それでも俺が好きなのは、選んだのはお前なんだと告げるように。
それなのに彼は、その腕を解いてゆっくりと俺から離れた。
顔を上げず少し俯いて、長めの前髪がその表情を隠していた。
「堪忍な、」
好きになってしもて、ほんまに、すまん。
そう続けられた言葉は俺の胸を裂いた。
ようやく上げられた彼の顔は、俺の嫌いな笑みをまた浮かべていた。
泣きそうに見えて、わずかに儚さを感じさせる透明な笑み。
好きな相手を苦しめる思いを何故すぐ殺せないのか、後悔に混じり怒りすら覚える。
好きなんだ、本当なんだ。苦しまないでくれ。
腕を伸ばしてもう一度彼を抱きしめる。
謝り続ける彼を抱きしめて、キスで声を塞いだ。
ずるいのは知ってる。
応えない舌に苛立ちながら、けれど懸命に彼の謝罪を掻き消そうと体ごと絡めていく。
気付かなければ、よかった。
曇る笑顔の理由も、何かを恐れるようにして触れる臆病さにも、――― 全部、気付かなければよかった。
探偵なんて、碌なモンじゃねえ。
嘘吐きは泥棒の始まり。
俺はこれから、お前から何を奪い続けるだろう?
もう一度その顔が見たくて、嘘をついた。
戻るはずだったその笑みが次の一瞬で固く強張り、そのままふわりと俺の嫌いな笑みが浮かぶ。
暗い瞳が闇を吐くように、アルカイックに弧を描いて細められた。
「嘘吐き」
腕をとられて、そのまま胸へと閉じ込められた。
耳元でもう一度、小さく「嘘吐き、」と詰られる。
けれど抱きしめる腕は幼い子供のように、縋る力で背中を辿る。
傷つけたと理解した時にはもう遅く、嘘なんて言わなければよかったという後悔で押し黙る。
俺の中にあるもの、全部が好きと次げたのは彼で、
そのことで苦しんでいるのを見ていられなくなるほど、彼を好きになったのは自分で。
嘘を見抜くのが互いの性だと忘れていた訳ではないけれど、浅はかだったと思い知る。
もう少し時間が経てば立ち直るだろうと、彼を信じていればよかったんだ。
まるで夜へと沈むようにして俺を抱くその胸には、葛藤や嫉妬を秘めてのたうつ業火。
幼馴染への淡い恋を殺すことのできない、幼い俺への苛立ちが立ち昇る。
すでにこの手は彼女ではなく目の前の男を選んでいるにも関わらず、
心のどこかで捨てきれないそれをこの男はきちんと受け止めようとして足掻いていたのに、俺がその努力を壊した。
「堪忍、な」
囁く声だった。
震えていた。
怒ってもいいだろうに、ひどく悲しんでいることがわかった。
それでも離さへん、とでもいうように、ぎゅうと腕の力を強くしてしがみついてくる。
胸が圧迫されて少し苦しかったけれど、温かくて心地よかった。
本当に謝らなくてはいけないのは自分の方だとわかっていたが、
もし今自分が謝罪すれば、きっと彼はなお苦しむだろう。
せめて少しでも真実を返そうと、ゆるゆると己の腕を持ち上げて彼の背中へと廻す。
肩口に埋める顔を摺り寄せて、それでも俺が好きなのは、選んだのはお前なんだと告げるように。
それなのに彼は、その腕を解いてゆっくりと俺から離れた。
顔を上げず少し俯いて、長めの前髪がその表情を隠していた。
「堪忍な、」
好きになってしもて、ほんまに、すまん。
そう続けられた言葉は俺の胸を裂いた。
ようやく上げられた彼の顔は、俺の嫌いな笑みをまた浮かべていた。
泣きそうに見えて、わずかに儚さを感じさせる透明な笑み。
好きな相手を苦しめる思いを何故すぐ殺せないのか、後悔に混じり怒りすら覚える。
好きなんだ、本当なんだ。苦しまないでくれ。
腕を伸ばしてもう一度彼を抱きしめる。
謝り続ける彼を抱きしめて、キスで声を塞いだ。
ずるいのは知ってる。
応えない舌に苛立ちながら、けれど懸命に彼の謝罪を掻き消そうと体ごと絡めていく。
気付かなければ、よかった。
曇る笑顔の理由も、何かを恐れるようにして触れる臆病さにも、――― 全部、気付かなければよかった。
探偵なんて、碌なモンじゃねえ。
嘘吐きは泥棒の始まり。
俺はこれから、お前から何を奪い続けるだろう?
口がやたらと渇く。
自分が出した言葉だろうか、何故に?
からからとした咥内を潤すよう何度も唾を飲み込み、俯いて自分の靴だけを見る。
何を恐れているのか、平次の顔を見ることができない。
耳鳴りが響いて、拳に汗が滲んでいく。
まるであの時のよう。酔いが廻るのか視界がぐわりと揺れて、息を吐くのすら苦しい。
何かに急かされるようにもう一度歩き出そうとするが、踏み出した足がよろめき下半身が崩れる。
体のバランスが傾いで、倒れながら平次の駆け寄る姿が視界に斜めに映るのを見た。
倒れた、と自覚したまま意識を失う。
工藤と名前を呼ぶ平次の声が、不思議と耳に馴染んで心地よかった。
こぽり、水に浮かびあがるような感覚がして、自分が目を覚ましたことを悟る。
見たことがあるような部屋に、懐かしさを感じる後姿があった。
上着を脱いでシャツだけの背中がわずかに屈められ、肩甲骨がすらり突き出る。
珍しく平次はスーツを着ていたのだと、このとき初めて新一は気がついた。
続けて自分がベッドに寝かされていることを、そして彼がそのベッドに腰掛けていることを知る。
手を伸ばせば届く距離。
そう意識した途端、ぴくりと指が反応した。
その気配を感じたのか、平次が振り返り新一へと視線を向ける。
「起きたか。」
呟いて立ち上がり、ベッドサイドに置かれた椅子へと移動する。
けれど座ることもなく、背もたれに手を置いてよりかかるだけだ。
立ったまま、新一を上から見つめる。
色のないその目が新一をざわつかせる。
まだくらくらとする頭を軽く振り、先程の平次のようにベッドへと腰掛けて上半身を起こした。
片手で顔を覆い、俯いたままざっと室内を確認する。
見たことがあるような気がしたのは当然、どうやらホテルの一室のようだ。
乳白色の壁紙と白木の柱が、室内灯の白い灯りを反射していて少し眩しい。
「水飲むか?」
「・・・いらねえ。」
気遣う平次の声を撥ね退ける。
如実に拒絶を表したそれが気に障ったか、ぴくり眉をあげた平次が吐き捨てるように続ける。
「ずいぶん派手に遊んどるみたいやな。この目で見るまでは信じられへんかったけど。」
こっちまで噂が届いとるわ、と溜息とともに続けられらた声には非難の色が滲む。
遠まわしに蘭とのことを質問されているようで、神経がささくれる。
「てめえには関係ねえ。」
「・・・さよか。」
室内に重く沈黙が続く。
あの日からおかしくなった時間が、そのまま今の二人にのしかかるようだ。
椅子にもたれたまま視線を横に流し、自分を見ようとしない平次になお苛立ちが募り行く。
もう片方の手にはじわり汗が滲み、その手を何度も握り締めながら唾を飲む。
帰る、と一言自分が言えば、打開されるであろうこの状況。
内側からは誰でも開くことのできる扉を開けて、このままタクシーに飛び乗ればいい。
まだ間に合うはずなんだ。
そう理性が訴えるのに、どうしてかエレベーターでの邂逅が何度も浮かんできて消え、
ベッドから立ち上がることもできないまま、時間だけが過ぎていく。
しばらくして、平次が立ち上がった。新一の体を緊張が走り、びくり肩を揺らす。
平次は一瞬だけ足を止めたが、かまわず冷蔵庫の扉を開けて中からビール瓶を取り出した。
ガラス瓶同士の硬質な音が静かに部屋に響き、続けて栓を抜く音。
グラスに注いだビールを新一が座るベッドのサイドテーブルに置き、続けて自分の手にあるグラスにも同じようにビールを注ぐ。
平次が一気に呷る様子を視界の端にとめつつも、新一はことりと置かれたグラスに手を伸ばす気にもなれない。
しかしそれを気にする様子もなく、黙々と二杯目を注いで再び一気に呷る。
はあ、と大きく息をつくと、ぐいと袖で口元を拭った。
「・・・まさか、こんなとこで会うとはな。」
自嘲するかのように口元を歪めて呟く平次に、そういえばここは彼のテリトリーではないのだと今更ながらに思い出す。
再度グラスにビールを注ぐ音が警戒心を緩めたのか、ふと疑問が新一の口をついて出た。
「・・・なんで、東京にいるんだ。」
「明日、結婚式なんや。」
グラス半分ほどのビールを嚥下しながら、
「けっこん?」
「大阪からだと間に合いそうになかったからな、ホテル取ってもらって」
けっこん、ともう一度口の中で呟く新一に続けられた平次の言葉は聞こえてこない。
ただその言葉が自分の中にひどく重く沈み、胃の奥が痙攣するような痛みを起こした。
「・・・お前、結婚するのか?」
「は?」
ようやく新一は顔をあげた。色を失くした表情が平次の前に晒される。
動揺が視界をも揺らす。―――嬉しそうに笑う女の顔、手を振りお前を呼んだ。
幾重にも浮かぶそれに応える平次の笑み、それは内臓を抉られるような苦しさを新一にもたらす。
同時に浮かぶ幼馴染との最後の夜。
哀しい笑顔と、今夜の平次と、それらが脳裏に交差してぐちゃぐちゃになった思考をより掻き乱す。
「あんなふうに壊しておいて、お前だけ、」
喉が震える。うつろう視線は目の前の平次でなく過去を映す。
「何言うて、自分、大丈夫か?」
「お前があんなこと言わなけりゃ、蘭にだって。―――お前が。」
「蘭ちゃんがどないしたん?工藤、お前・・・」
とりとめなく呟き続ける新一に危惧を抱いた平次が、新一の前に駆け寄りもう一度「工藤」と名前を呼んだ。
新一を心配する心遣いに嘘はなく、その目を正面から見据えた時、新一の何かが弾けた。
立ち上がり、平次の胸倉を掴んでがなる。
「てめえのせいじゃねえか!」
腸が煮えるようだ。怒りが溶岩のように燃えて内臓を溶かしていくかのよう。
「てめえが壊した!何もかも!」
溢れて、目頭が熱い。
「蘭は俺から離れた。俺はもう戻れない。あそこは、あそこだけが、」
蘭の笑顔が脳裏に浮かぶ。ふわり浮かぶそれを、いつも見つめていた。
抱きしめると壊れそうだった。触れないようにして、守っていたつもりでいた。
いつも別れ際に浮かぶ、物言いたげな瞳を見ない振りして。
「・・・俺に、優しい場所だったのに・・・!」
怒りに任せて胸倉を掴んだ手が、するり力なく落ちる。
受け取れなかったチョコレートの箱を、淋しく笑いながら鞄にしまう様を止めることもできず、
ごめんね、と呟いた彼女に何を言うこともできないまま後姿を見送った。
心許ない淋しさはあれ以来止まない。
それなのに、その原因を作った人間が今それらを省みることなく、次へと足を踏み出そうとしている。
「工藤。」
戸惑う平次の声を掻き消すように、掌で両耳を塞いだ。
「うるせえ!呼ぶな!」
激昂は抑えることもできず、溢れる怒りそのままに叫ぶ。
「工藤、お前、」
「呼ぶな!・・・てめえが俺の名を呼ぶ。それがたまらなく嫌だ。」
ぎゅうぎゅうと耳を塞ぎ、目を固く閉じる。
世界を閉じて、目の前の男を自分から消してしまいたい。狂おしい衝動が、喉を焼いて吐き気がする。
「ひどい言われようやな。・・・しゃあないけど。」
お前だけは俺の気持ちを拒否する権利がある。
ぽつり自分に言い聞かせるように言う平次が、ふいに表情を険しいものへと変えた。
「なら、なんで来たんや。」
搾り出すような声で、けれど荒げることなく。
ぐうと何かを飲み込むようにして平次は目を閉じ、一つ大きく息を吐いてもう一度新一へと向き合う。
その目には事件の時に浮かぶ、何かを追うような、そして何もかも見逃さぬという意思に光る。
平次は腕を伸ばすと新一の両手首を掴み、耳を塞ぐ彼の手をそこから引き剥がした。
息がかかるほど近く、視線をそらすことの適わぬ距離に顔を近づけて詰問する。
「工藤の話す内容、変やで。何で蘭ちゃんとおかしなったんが俺のせいなんや?」
05へ
自分が出した言葉だろうか、何故に?
からからとした咥内を潤すよう何度も唾を飲み込み、俯いて自分の靴だけを見る。
何を恐れているのか、平次の顔を見ることができない。
耳鳴りが響いて、拳に汗が滲んでいく。
まるであの時のよう。酔いが廻るのか視界がぐわりと揺れて、息を吐くのすら苦しい。
何かに急かされるようにもう一度歩き出そうとするが、踏み出した足がよろめき下半身が崩れる。
体のバランスが傾いで、倒れながら平次の駆け寄る姿が視界に斜めに映るのを見た。
倒れた、と自覚したまま意識を失う。
工藤と名前を呼ぶ平次の声が、不思議と耳に馴染んで心地よかった。
こぽり、水に浮かびあがるような感覚がして、自分が目を覚ましたことを悟る。
見たことがあるような部屋に、懐かしさを感じる後姿があった。
上着を脱いでシャツだけの背中がわずかに屈められ、肩甲骨がすらり突き出る。
珍しく平次はスーツを着ていたのだと、このとき初めて新一は気がついた。
続けて自分がベッドに寝かされていることを、そして彼がそのベッドに腰掛けていることを知る。
手を伸ばせば届く距離。
そう意識した途端、ぴくりと指が反応した。
その気配を感じたのか、平次が振り返り新一へと視線を向ける。
「起きたか。」
呟いて立ち上がり、ベッドサイドに置かれた椅子へと移動する。
けれど座ることもなく、背もたれに手を置いてよりかかるだけだ。
立ったまま、新一を上から見つめる。
色のないその目が新一をざわつかせる。
まだくらくらとする頭を軽く振り、先程の平次のようにベッドへと腰掛けて上半身を起こした。
片手で顔を覆い、俯いたままざっと室内を確認する。
見たことがあるような気がしたのは当然、どうやらホテルの一室のようだ。
乳白色の壁紙と白木の柱が、室内灯の白い灯りを反射していて少し眩しい。
「水飲むか?」
「・・・いらねえ。」
気遣う平次の声を撥ね退ける。
如実に拒絶を表したそれが気に障ったか、ぴくり眉をあげた平次が吐き捨てるように続ける。
「ずいぶん派手に遊んどるみたいやな。この目で見るまでは信じられへんかったけど。」
こっちまで噂が届いとるわ、と溜息とともに続けられらた声には非難の色が滲む。
遠まわしに蘭とのことを質問されているようで、神経がささくれる。
「てめえには関係ねえ。」
「・・・さよか。」
室内に重く沈黙が続く。
あの日からおかしくなった時間が、そのまま今の二人にのしかかるようだ。
椅子にもたれたまま視線を横に流し、自分を見ようとしない平次になお苛立ちが募り行く。
もう片方の手にはじわり汗が滲み、その手を何度も握り締めながら唾を飲む。
帰る、と一言自分が言えば、打開されるであろうこの状況。
内側からは誰でも開くことのできる扉を開けて、このままタクシーに飛び乗ればいい。
まだ間に合うはずなんだ。
そう理性が訴えるのに、どうしてかエレベーターでの邂逅が何度も浮かんできて消え、
ベッドから立ち上がることもできないまま、時間だけが過ぎていく。
しばらくして、平次が立ち上がった。新一の体を緊張が走り、びくり肩を揺らす。
平次は一瞬だけ足を止めたが、かまわず冷蔵庫の扉を開けて中からビール瓶を取り出した。
ガラス瓶同士の硬質な音が静かに部屋に響き、続けて栓を抜く音。
グラスに注いだビールを新一が座るベッドのサイドテーブルに置き、続けて自分の手にあるグラスにも同じようにビールを注ぐ。
平次が一気に呷る様子を視界の端にとめつつも、新一はことりと置かれたグラスに手を伸ばす気にもなれない。
しかしそれを気にする様子もなく、黙々と二杯目を注いで再び一気に呷る。
はあ、と大きく息をつくと、ぐいと袖で口元を拭った。
「・・・まさか、こんなとこで会うとはな。」
自嘲するかのように口元を歪めて呟く平次に、そういえばここは彼のテリトリーではないのだと今更ながらに思い出す。
再度グラスにビールを注ぐ音が警戒心を緩めたのか、ふと疑問が新一の口をついて出た。
「・・・なんで、東京にいるんだ。」
「明日、結婚式なんや。」
グラス半分ほどのビールを嚥下しながら、
「けっこん?」
「大阪からだと間に合いそうになかったからな、ホテル取ってもらって」
けっこん、ともう一度口の中で呟く新一に続けられた平次の言葉は聞こえてこない。
ただその言葉が自分の中にひどく重く沈み、胃の奥が痙攣するような痛みを起こした。
「・・・お前、結婚するのか?」
「は?」
ようやく新一は顔をあげた。色を失くした表情が平次の前に晒される。
動揺が視界をも揺らす。―――嬉しそうに笑う女の顔、手を振りお前を呼んだ。
幾重にも浮かぶそれに応える平次の笑み、それは内臓を抉られるような苦しさを新一にもたらす。
同時に浮かぶ幼馴染との最後の夜。
哀しい笑顔と、今夜の平次と、それらが脳裏に交差してぐちゃぐちゃになった思考をより掻き乱す。
「あんなふうに壊しておいて、お前だけ、」
喉が震える。うつろう視線は目の前の平次でなく過去を映す。
「何言うて、自分、大丈夫か?」
「お前があんなこと言わなけりゃ、蘭にだって。―――お前が。」
「蘭ちゃんがどないしたん?工藤、お前・・・」
とりとめなく呟き続ける新一に危惧を抱いた平次が、新一の前に駆け寄りもう一度「工藤」と名前を呼んだ。
新一を心配する心遣いに嘘はなく、その目を正面から見据えた時、新一の何かが弾けた。
立ち上がり、平次の胸倉を掴んでがなる。
「てめえのせいじゃねえか!」
腸が煮えるようだ。怒りが溶岩のように燃えて内臓を溶かしていくかのよう。
「てめえが壊した!何もかも!」
溢れて、目頭が熱い。
「蘭は俺から離れた。俺はもう戻れない。あそこは、あそこだけが、」
蘭の笑顔が脳裏に浮かぶ。ふわり浮かぶそれを、いつも見つめていた。
抱きしめると壊れそうだった。触れないようにして、守っていたつもりでいた。
いつも別れ際に浮かぶ、物言いたげな瞳を見ない振りして。
「・・・俺に、優しい場所だったのに・・・!」
怒りに任せて胸倉を掴んだ手が、するり力なく落ちる。
受け取れなかったチョコレートの箱を、淋しく笑いながら鞄にしまう様を止めることもできず、
ごめんね、と呟いた彼女に何を言うこともできないまま後姿を見送った。
心許ない淋しさはあれ以来止まない。
それなのに、その原因を作った人間が今それらを省みることなく、次へと足を踏み出そうとしている。
「工藤。」
戸惑う平次の声を掻き消すように、掌で両耳を塞いだ。
「うるせえ!呼ぶな!」
激昂は抑えることもできず、溢れる怒りそのままに叫ぶ。
「工藤、お前、」
「呼ぶな!・・・てめえが俺の名を呼ぶ。それがたまらなく嫌だ。」
ぎゅうぎゅうと耳を塞ぎ、目を固く閉じる。
世界を閉じて、目の前の男を自分から消してしまいたい。狂おしい衝動が、喉を焼いて吐き気がする。
「ひどい言われようやな。・・・しゃあないけど。」
お前だけは俺の気持ちを拒否する権利がある。
ぽつり自分に言い聞かせるように言う平次が、ふいに表情を険しいものへと変えた。
「なら、なんで来たんや。」
搾り出すような声で、けれど荒げることなく。
ぐうと何かを飲み込むようにして平次は目を閉じ、一つ大きく息を吐いてもう一度新一へと向き合う。
その目には事件の時に浮かぶ、何かを追うような、そして何もかも見逃さぬという意思に光る。
平次は腕を伸ばすと新一の両手首を掴み、耳を塞ぐ彼の手をそこから引き剥がした。
息がかかるほど近く、視線をそらすことの適わぬ距離に顔を近づけて詰問する。
「工藤の話す内容、変やで。何で蘭ちゃんとおかしなったんが俺のせいなんや?」
05へ
アルコールが苦く喉を通る。
耳に馴染むピアノの音も、広く景色を映し出す窓ガラスに夜の光が散らばるのも、暗い室内に泳ぐ水槽の魚たちも、何一つ自分へと響いてこない。
「工藤様。」
バーテンが明らかに酒量を過ごしている新一へと、躊躇いがちに声をかける。
声は咎めるというよりも心配を滲ませたもので、そのことがより新一を苛立たせた。
荒れた気配を押し隠しつつ、無言でもう一度グラスを差し出す。
ベテランの彼はそれに肩をすくめることもなく、すっとそのグラスを下げて新しいグラスに氷を用意し始めた。
それを横目に見ながら、ふと溜息を零す。
自分でも理解できない衝動が、あの日以来何度も己の理を捻じ曲げる。
その時に浮かぶのは、決まって彼の暗い目だった。
あの目がいけない。
何度思い返しても、その都度焦燥に似たもどかしさが胸を這ってどうしようもなくなる。
カランと氷の音が響いて顔を上げれば、先程追加したドライジンのロックが透明に揺れる。
手を伸ばし躊躇いなく呷れば、先程までよりやや薄く感じる。
気遣いだろうそれに、バーテンへと目を向ければ軽く頭を下げた。
「お取替えいたしましょうか?」
「いえ、・・・すみません。」
その配慮に、少し酔いが冷めるのを感じる。
これを最後にして部屋でもとろうか、そう考えながらも、手にしたグラスを離すことができない。
とりとめなく巡る思考がアルコールを必要としている。
どうして自分は、このホテルから立ち去らなかったのだろう。
どうして彼が追って来なかった事に安堵しているはずなのに、こんなに苦い酒を呷っているのか。
どうして女の呼ぶ声に笑顔を向けたことや、その女が彼の何なのかが気に懸かるのか。
ぐるぐると同じ問いが何度も新一を囲い、その答えを考えようとするたびにまた平次のあの目に辿り着く。
ダメだ。これ以上考えるのはよそう。
謎を解くのは自分の本業であるはずだが、己を解析する心理学には不向きなのだとも自覚している。
アルコールで粘ついた思考を追い払おうと頭を数回左右に振り、
そのままカウンターに手をついて立ち上がろうとしたが、足に力が入りきらずよろめいた。
バランスを崩しそうになったものの、背後から力強く腕を引かれて倒れることは避けられる。
その勢いのまま背後に立つ男にぽふんとぶつかり、慌てて謝罪の言葉を紡ごうと新一は振り向いた。
「すみませ・・・」
なおざりに浮かべた笑顔が張り付いて、固まる。
そこにいたのは、一番会いたくなかったはずの男が立っていた。
「何しとん、自分。」
小さく、自分にだけ聞こえる声で新一に詰問する。
ざあと血が引く音が聞こえるような気がした。
反射的に逃げようと引いた腕を離さず、平次は突然からんとした笑顔になると、ひときわ大きな声で話し出した。
「いやー、奇遇やなあ工藤!俺も久々に東京来て、まっさか会えるとは思うてなかったわ!」
腕をきつく掴んだまま、その目に浮かぶ剣呑としたものを感じさせない口調。
「しっかし、まー珍しく酔うとるんか。俺も飲もうかと思うて来たけど」
口元に浮かぶ大仰な笑みも、今の新一にはひどく怖いものに見えた。
「そないなら、俺の部屋で飲みなおそーや♪」
ぎゅうと腕を掴む手に力がこめられた。その手を振りほどくことも、首を振ることもできない。
「あ、おっちゃん。勘定は俺んとこにつけといて。」
苦笑するバーテンも、人懐こい関西弁のためかその目が笑っていないことに気付かない。
手を振り、にこやかに笑顔を撒きながら、
けれどけして腕を掴む手の力を緩めることなく、新一を半ば引きずるようにして平次は店を出た。
店を出ると、二人とも無言でエレベーターの前に立つ。
片手で新一を捕えたまま、ボタンを押して平次は新一とともにエレベーターへ乗り込んだ。
内部に並んだ階数のボタンを選び、すぐに閉じるよう扉の閉鎖ボタンも押す。
慌てたように店からエレベータに乗ろうとした客がいたが、あえて見ないふりをしたようだ。
木目調をあしらった金属の扉が閉じられたことを確認すると、ようやく平次は新一の腕を離した。
「アホか、お前は。何しとんのや。」
「・・・てめえには、関係ねえ。」
かろうじて出た声が喉にひりつく。
「店の奥にいたんはどこぞのアホな記者やぞ。あのままやったら、名探偵の泥酔記事が載るわ。」
「ずっといたのかよ。」
「たまたまや。ついさっき店に入ったら、カウンターでクダまいとる男がおって、それをこそーっと写真撮ってるのがおったからな。」
ふうと息をついて、エレベーターの壁にもたれた平次が、ちらと新一を見る。
「お前の部屋、何階や。」
「・・・部屋なんて、とってねえ。」
「一緒におった女んとこか?」
「もう帰らせた。」
「・・・なら、タクシー乗って帰れ。」
平次の指が、ロビーを示すボタンを押した。
灯りの点いたそれが、新一をひどく落ち着かない気にさせる。
ちん、と音が鳴り、平次の部屋の階であろうところでエレベーターが静止する。
開く扉。踏み出される足。
「余計な手出しして、悪かったな。」
振り向かず、ひらりと手を振り平次はエレベーターを降りた。
扉が閉まる音がして、下降していく微かな稼動音に平次はようやく振り返り、目を見張る。
そこには俯いたままの新一が立っていた。
エレベーターの扉は確かに閉まっている。ならば自分の意思で降りたのか。
混乱しかけた現実に平次が口を開こうとした時、新一の声がそれを遮った。
「てめえの部屋で飲みなおすんだろ?」
04へ
耳に馴染むピアノの音も、広く景色を映し出す窓ガラスに夜の光が散らばるのも、暗い室内に泳ぐ水槽の魚たちも、何一つ自分へと響いてこない。
「工藤様。」
バーテンが明らかに酒量を過ごしている新一へと、躊躇いがちに声をかける。
声は咎めるというよりも心配を滲ませたもので、そのことがより新一を苛立たせた。
荒れた気配を押し隠しつつ、無言でもう一度グラスを差し出す。
ベテランの彼はそれに肩をすくめることもなく、すっとそのグラスを下げて新しいグラスに氷を用意し始めた。
それを横目に見ながら、ふと溜息を零す。
自分でも理解できない衝動が、あの日以来何度も己の理を捻じ曲げる。
その時に浮かぶのは、決まって彼の暗い目だった。
あの目がいけない。
何度思い返しても、その都度焦燥に似たもどかしさが胸を這ってどうしようもなくなる。
カランと氷の音が響いて顔を上げれば、先程追加したドライジンのロックが透明に揺れる。
手を伸ばし躊躇いなく呷れば、先程までよりやや薄く感じる。
気遣いだろうそれに、バーテンへと目を向ければ軽く頭を下げた。
「お取替えいたしましょうか?」
「いえ、・・・すみません。」
その配慮に、少し酔いが冷めるのを感じる。
これを最後にして部屋でもとろうか、そう考えながらも、手にしたグラスを離すことができない。
とりとめなく巡る思考がアルコールを必要としている。
どうして自分は、このホテルから立ち去らなかったのだろう。
どうして彼が追って来なかった事に安堵しているはずなのに、こんなに苦い酒を呷っているのか。
どうして女の呼ぶ声に笑顔を向けたことや、その女が彼の何なのかが気に懸かるのか。
ぐるぐると同じ問いが何度も新一を囲い、その答えを考えようとするたびにまた平次のあの目に辿り着く。
ダメだ。これ以上考えるのはよそう。
謎を解くのは自分の本業であるはずだが、己を解析する心理学には不向きなのだとも自覚している。
アルコールで粘ついた思考を追い払おうと頭を数回左右に振り、
そのままカウンターに手をついて立ち上がろうとしたが、足に力が入りきらずよろめいた。
バランスを崩しそうになったものの、背後から力強く腕を引かれて倒れることは避けられる。
その勢いのまま背後に立つ男にぽふんとぶつかり、慌てて謝罪の言葉を紡ごうと新一は振り向いた。
「すみませ・・・」
なおざりに浮かべた笑顔が張り付いて、固まる。
そこにいたのは、一番会いたくなかったはずの男が立っていた。
「何しとん、自分。」
小さく、自分にだけ聞こえる声で新一に詰問する。
ざあと血が引く音が聞こえるような気がした。
反射的に逃げようと引いた腕を離さず、平次は突然からんとした笑顔になると、ひときわ大きな声で話し出した。
「いやー、奇遇やなあ工藤!俺も久々に東京来て、まっさか会えるとは思うてなかったわ!」
腕をきつく掴んだまま、その目に浮かぶ剣呑としたものを感じさせない口調。
「しっかし、まー珍しく酔うとるんか。俺も飲もうかと思うて来たけど」
口元に浮かぶ大仰な笑みも、今の新一にはひどく怖いものに見えた。
「そないなら、俺の部屋で飲みなおそーや♪」
ぎゅうと腕を掴む手に力がこめられた。その手を振りほどくことも、首を振ることもできない。
「あ、おっちゃん。勘定は俺んとこにつけといて。」
苦笑するバーテンも、人懐こい関西弁のためかその目が笑っていないことに気付かない。
手を振り、にこやかに笑顔を撒きながら、
けれどけして腕を掴む手の力を緩めることなく、新一を半ば引きずるようにして平次は店を出た。
店を出ると、二人とも無言でエレベーターの前に立つ。
片手で新一を捕えたまま、ボタンを押して平次は新一とともにエレベーターへ乗り込んだ。
内部に並んだ階数のボタンを選び、すぐに閉じるよう扉の閉鎖ボタンも押す。
慌てたように店からエレベータに乗ろうとした客がいたが、あえて見ないふりをしたようだ。
木目調をあしらった金属の扉が閉じられたことを確認すると、ようやく平次は新一の腕を離した。
「アホか、お前は。何しとんのや。」
「・・・てめえには、関係ねえ。」
かろうじて出た声が喉にひりつく。
「店の奥にいたんはどこぞのアホな記者やぞ。あのままやったら、名探偵の泥酔記事が載るわ。」
「ずっといたのかよ。」
「たまたまや。ついさっき店に入ったら、カウンターでクダまいとる男がおって、それをこそーっと写真撮ってるのがおったからな。」
ふうと息をついて、エレベーターの壁にもたれた平次が、ちらと新一を見る。
「お前の部屋、何階や。」
「・・・部屋なんて、とってねえ。」
「一緒におった女んとこか?」
「もう帰らせた。」
「・・・なら、タクシー乗って帰れ。」
平次の指が、ロビーを示すボタンを押した。
灯りの点いたそれが、新一をひどく落ち着かない気にさせる。
ちん、と音が鳴り、平次の部屋の階であろうところでエレベーターが静止する。
開く扉。踏み出される足。
「余計な手出しして、悪かったな。」
振り向かず、ひらりと手を振り平次はエレベーターを降りた。
扉が閉まる音がして、下降していく微かな稼動音に平次はようやく振り返り、目を見張る。
そこには俯いたままの新一が立っていた。
エレベーターの扉は確かに閉まっている。ならば自分の意思で降りたのか。
混乱しかけた現実に平次が口を開こうとした時、新一の声がそれを遮った。
「てめえの部屋で飲みなおすんだろ?」
04へ
大人向け描写あり。
ええっと・・・すみません。
せっかくのクスリネタでしたのに、肝心要のおねだりシーンやら、言葉責めができませんでした・・・!
私の軟弱者ー!
そんなわけで、いつもどおり、お送りしております。
ええっと・・・すみません。
せっかくのクスリネタでしたのに、肝心要のおねだりシーンやら、言葉責めができませんでした・・・!
私の軟弱者ー!
そんなわけで、いつもどおり、お送りしております。
「10分で済ますっつったじゃねえか!」
「最初はそのつもりやったんだけどなー。」
「バーロー!ろくにならしもせずに突っ込みやがって。」
「せやかて、工藤のココ、もう俺のすぐ飲み込んでくれるで?」
「ばーか!ばーか!ばーか!」
「あたたた。痛いわ。それに関西人に馬鹿って言うたらあかんて。」
「何でもいいから、もう終わらせろ!」
「んー・・・、けど工藤、まだ中でイっとらんやろ?きちんとご奉仕させていただきます。」
「ばっ、馬鹿!やめっ」
「好きやで。ちゃんと気持ちよくなってな?」
――― 数十分経過。
「・・・てめえの時間の単位は、世界時刻の10分の一以下か。ああ?」
「すんません工藤はん。許してクダサイ。」
「にやけたツラしやがって!本当に反省してんのか!」
「とりあえず、もう少しして動けるようになったら、美味しいもんでも食べに行こうな?」
「最初はそのつもりやったんだけどなー。」
「バーロー!ろくにならしもせずに突っ込みやがって。」
「せやかて、工藤のココ、もう俺のすぐ飲み込んでくれるで?」
「ばーか!ばーか!ばーか!」
「あたたた。痛いわ。それに関西人に馬鹿って言うたらあかんて。」
「何でもいいから、もう終わらせろ!」
「んー・・・、けど工藤、まだ中でイっとらんやろ?きちんとご奉仕させていただきます。」
「ばっ、馬鹿!やめっ」
「好きやで。ちゃんと気持ちよくなってな?」
――― 数十分経過。
「・・・てめえの時間の単位は、世界時刻の10分の一以下か。ああ?」
「すんません工藤はん。許してクダサイ。」
「にやけたツラしやがって!本当に反省してんのか!」
「とりあえず、もう少しして動けるようになったら、美味しいもんでも食べに行こうな?」
「悪いけど、出てこれるか?」
深夜に電話が鳴るのは珍しいことではない。まして、その発信元が隣の家からならなおのこと。
「わかったわ。10分で行くから、今簡単に状況を説明して頂戴。」
寝巻き代わりのルームウェアの上から、コートに袖を通しながら訪ねればてきぱきとした回答が返る。
「…嫌な感じね。とりあえずどこかに寝かせてやるのね。わかったわ。じゃ。」
電話を切ってすぐに鞄に必要最低限の医療具や薬を詰め込んでいると、呼び出し音で起こされた阿笠博士が心配そうに歩み寄る。
「哀くん。新一は見つかったんじゃな。」
「ええ。とりあえず見てくるわ。博士は待機していてくれる?」
「わかった。気をつけてな。」
事件の捜査にあたっていた新一が拉致されて2日。
調べを進めるにつれ、依頼そのものが彼を連れ去るための罠であった可能性が高いことが判明した。
拉致の発覚が早かったのは、その日丁度西の探偵である服部平次が新一のもとを訪れたからだ。
いつもどおり阿笠博士から鍵を借り、留守である工藤邸に入り込んだ平次は、
珍しくリビングに広げられたままの事件の資料を読み進むうちに不審な点に気付いたらしい。
「工藤がこれに気付かんはずないけど」
現場へと駆けつけた平次が見つけたものは、ノートや本が散乱する部屋の中に新一が残したメッセージ。
犯人に気付かれぬよう、そして平次がここへ来ることを予期してのものだったのだろう。
投げ出された本を利用して書かれたメッセージを読み解き、犯人を追い詰めて新一を探しだすのにさほど時間はかからなかったが。
「遅くにすまんかった。」
「構わないわ。状態は?」
哀自身、いつでも工藤邸に入ることができるように鍵を持っている。
その鍵を利用してリビングへと走りこんできた彼女を平次は迎え、彼女の鞄をごく自然に持ってソファへと寝かせた新一のもとへ共に近づく。
「現場でなんぞ薬を打たれたらしい。ひどく震えていて、息が荒い。」
哀が視線を走らせれば、平次の言うとおり新一はシーツの上に体を丸めて小刻みに体を震わせている。
「すぐ病院に駆け込みたかったんけど、工藤の体は薬の影響が人と違って出る可能性があるて、姉ちゃんが言っとったの思い出してな。」
とりあえず連れてきた。負ぶったときには暴れて大変だったわ。
一人ごちたように話す平次に、哀はかまわず指示を出す。
「少し抑えてて。採血するわ。」
「わかった。」
平次は新一の体にのしかかり抱え込むようにして腕を固定し、暴れるその体を力で抑え込む。
それを横目にしつつ、哀はゴム紐で新一の上腕を縛り、手早く注射器で採血した。
「20分頂戴。」
「頼む。」
暴れる新一の体を出来るかぎり傷つけぬよう押さえ込み、低く真摯な声を出した男に哀は力強く頷いた。
工藤、と何度も名前を呼ぶ平次の声が背中に聞こえるが振り返る暇も惜しく、そのまま阿笠邸へと駆け戻り血液検査を行うために地下の部屋へと潜る。
20分を少し過ぎて、工藤邸のリビングに戻った哀の表情には、眉間にくっきりと皺が刻まれていた。
「とりあえず、死にはしないわ。でもやっかいね。」
データが印字された白い紙を平次は受け取り、ざっと目を通す。
同じく彼も眉間に深く皺を刻み、ギリと音をたてて歯を噛み締めた。
「…予想通りか。もっと殴っとけばよかったわ。」
平次は新一が囚われていた部屋を思い出す。
後ろ手に拘束された新一は床に転がされ、周囲を男女数人が取り囲んでいた。
その内の一人はビデオカメラを用意していたことから、新一の醜態を、媚態を、映像に残して脅迫や商売のネタにでもするつもりだったのだろう。
憤る気持ちのまま拳を振り上げた平次は、大きな舌打ちを一つしてその手をゆっくりと下ろした。
唸る声を喉に閉じ込めて、握り締めた拳を解きながら哀へと視線を移す。
「姉ちゃん、こっからはオフレコで頼むわ。」
「・・・?わかったわ。」
訝しげに頷く哀に軽く笑って見せると、平次は新一の胸倉を掴んでぐいと半身を起こさせる。
おもむろに振り上げた手で、今度は新一の頬を叩いた。
ぱしんと部屋に響く乾いた音と共に、唸り、もがいていた新一の腕がはたと止まり、彼の瞳に光が僅かに戻る。
平次は新一と視線を交え、ゆっくりと言い聞かせる口調で告げた。
「工藤、聞け。お前も予想ついとると思うけど、投薬されたんは媚薬や。」
大きく息をついて一瞬哀へと視線を流し、またすぐに新一へと向き合う。
「―――― どうする?」
「・・・てめえ、を、そんなことに使えるか・・・!」
両手で平次の胸を強く押して互いの体を離すと、新一はそのまま体を抱え込むようにしてソファに蹲った。
「・・・くそっ・・・!」
きつくきつく体躯を抱えこむ腕に爪を立てた新一を見つめて、苦しげに、けれど少し嬉しそうに平次は笑った。
「そうか。」
そっと立ち上がり、新一から離れた平次の服を哀の手が掴んで引いた。
気付かれぬよう、静かに廊下へと二人は出る。
扉が閉まると同時に、哀は平次に話を切り出した。
「水を差すようで悪いけど、出来うるかぎり早期に薬を抜く必要があるわ。」
「何でや?」
「神経系に直接刺激が生じる薬物が混じってるらしいの。本人はかなり苦しいはずよ。その耐える時間が長いほど、他に与える影響がどんなものかは正直わからない。」
「・・・・・けど。」
「工藤くんの気持ちより、今回ばかりは治療が先ね。解毒剤の作成には時間もかかる。それなら・・・。」
「わかった。・・・すまんな。」
謝罪は新一か哀、どちらに向けたものであったのか。
「姉ちゃん、クスリ、朝にはできとる?」
「―――昼までには終わらせるわ。」
「博士にも内緒にしといてな。大事な息子同然のが男とつきあっとると知ったら腰抜かすわ。」
「オフレコって、言ってたでしょ。わかってるわ。」
ひらり白衣をひらめかせて、哀は踵を返した。
「何かあったら、電話して。」
そう告げて足早に廊下を歩いて玄関へと向かうその背中に、平次の淡々とした問いが投げられた。
「ねーちゃんは驚かんな。気付いてたんか?」
振り返らず、白衣のポケットに手を入れながら哀は答える。
「十分驚いてるわよ。まあ、でも、これで色んなことが繋がった感じがするから。」
いいんじゃないの?と溜息混じりに返せば、平次の苦笑する気配が背中越しに伝わってきた。
鍵は閉めておくからと言い募り、答えを待たずして足を速める。
玄関の扉を音を立てないようにして閉め、合鍵で施錠していると、ふいにおかしくなって微かに笑みを浮かべる。
けれど、すぐに表情を引き締めて、哀はまだ煌々と明かりの灯る阿笠邸へと小走りに向かった。
02へ
深夜に電話が鳴るのは珍しいことではない。まして、その発信元が隣の家からならなおのこと。
「わかったわ。10分で行くから、今簡単に状況を説明して頂戴。」
寝巻き代わりのルームウェアの上から、コートに袖を通しながら訪ねればてきぱきとした回答が返る。
「…嫌な感じね。とりあえずどこかに寝かせてやるのね。わかったわ。じゃ。」
電話を切ってすぐに鞄に必要最低限の医療具や薬を詰め込んでいると、呼び出し音で起こされた阿笠博士が心配そうに歩み寄る。
「哀くん。新一は見つかったんじゃな。」
「ええ。とりあえず見てくるわ。博士は待機していてくれる?」
「わかった。気をつけてな。」
事件の捜査にあたっていた新一が拉致されて2日。
調べを進めるにつれ、依頼そのものが彼を連れ去るための罠であった可能性が高いことが判明した。
拉致の発覚が早かったのは、その日丁度西の探偵である服部平次が新一のもとを訪れたからだ。
いつもどおり阿笠博士から鍵を借り、留守である工藤邸に入り込んだ平次は、
珍しくリビングに広げられたままの事件の資料を読み進むうちに不審な点に気付いたらしい。
「工藤がこれに気付かんはずないけど」
現場へと駆けつけた平次が見つけたものは、ノートや本が散乱する部屋の中に新一が残したメッセージ。
犯人に気付かれぬよう、そして平次がここへ来ることを予期してのものだったのだろう。
投げ出された本を利用して書かれたメッセージを読み解き、犯人を追い詰めて新一を探しだすのにさほど時間はかからなかったが。
「遅くにすまんかった。」
「構わないわ。状態は?」
哀自身、いつでも工藤邸に入ることができるように鍵を持っている。
その鍵を利用してリビングへと走りこんできた彼女を平次は迎え、彼女の鞄をごく自然に持ってソファへと寝かせた新一のもとへ共に近づく。
「現場でなんぞ薬を打たれたらしい。ひどく震えていて、息が荒い。」
哀が視線を走らせれば、平次の言うとおり新一はシーツの上に体を丸めて小刻みに体を震わせている。
「すぐ病院に駆け込みたかったんけど、工藤の体は薬の影響が人と違って出る可能性があるて、姉ちゃんが言っとったの思い出してな。」
とりあえず連れてきた。負ぶったときには暴れて大変だったわ。
一人ごちたように話す平次に、哀はかまわず指示を出す。
「少し抑えてて。採血するわ。」
「わかった。」
平次は新一の体にのしかかり抱え込むようにして腕を固定し、暴れるその体を力で抑え込む。
それを横目にしつつ、哀はゴム紐で新一の上腕を縛り、手早く注射器で採血した。
「20分頂戴。」
「頼む。」
暴れる新一の体を出来るかぎり傷つけぬよう押さえ込み、低く真摯な声を出した男に哀は力強く頷いた。
工藤、と何度も名前を呼ぶ平次の声が背中に聞こえるが振り返る暇も惜しく、そのまま阿笠邸へと駆け戻り血液検査を行うために地下の部屋へと潜る。
20分を少し過ぎて、工藤邸のリビングに戻った哀の表情には、眉間にくっきりと皺が刻まれていた。
「とりあえず、死にはしないわ。でもやっかいね。」
データが印字された白い紙を平次は受け取り、ざっと目を通す。
同じく彼も眉間に深く皺を刻み、ギリと音をたてて歯を噛み締めた。
「…予想通りか。もっと殴っとけばよかったわ。」
平次は新一が囚われていた部屋を思い出す。
後ろ手に拘束された新一は床に転がされ、周囲を男女数人が取り囲んでいた。
その内の一人はビデオカメラを用意していたことから、新一の醜態を、媚態を、映像に残して脅迫や商売のネタにでもするつもりだったのだろう。
憤る気持ちのまま拳を振り上げた平次は、大きな舌打ちを一つしてその手をゆっくりと下ろした。
唸る声を喉に閉じ込めて、握り締めた拳を解きながら哀へと視線を移す。
「姉ちゃん、こっからはオフレコで頼むわ。」
「・・・?わかったわ。」
訝しげに頷く哀に軽く笑って見せると、平次は新一の胸倉を掴んでぐいと半身を起こさせる。
おもむろに振り上げた手で、今度は新一の頬を叩いた。
ぱしんと部屋に響く乾いた音と共に、唸り、もがいていた新一の腕がはたと止まり、彼の瞳に光が僅かに戻る。
平次は新一と視線を交え、ゆっくりと言い聞かせる口調で告げた。
「工藤、聞け。お前も予想ついとると思うけど、投薬されたんは媚薬や。」
大きく息をついて一瞬哀へと視線を流し、またすぐに新一へと向き合う。
「―――― どうする?」
「・・・てめえ、を、そんなことに使えるか・・・!」
両手で平次の胸を強く押して互いの体を離すと、新一はそのまま体を抱え込むようにしてソファに蹲った。
「・・・くそっ・・・!」
きつくきつく体躯を抱えこむ腕に爪を立てた新一を見つめて、苦しげに、けれど少し嬉しそうに平次は笑った。
「そうか。」
そっと立ち上がり、新一から離れた平次の服を哀の手が掴んで引いた。
気付かれぬよう、静かに廊下へと二人は出る。
扉が閉まると同時に、哀は平次に話を切り出した。
「水を差すようで悪いけど、出来うるかぎり早期に薬を抜く必要があるわ。」
「何でや?」
「神経系に直接刺激が生じる薬物が混じってるらしいの。本人はかなり苦しいはずよ。その耐える時間が長いほど、他に与える影響がどんなものかは正直わからない。」
「・・・・・けど。」
「工藤くんの気持ちより、今回ばかりは治療が先ね。解毒剤の作成には時間もかかる。それなら・・・。」
「わかった。・・・すまんな。」
謝罪は新一か哀、どちらに向けたものであったのか。
「姉ちゃん、クスリ、朝にはできとる?」
「―――昼までには終わらせるわ。」
「博士にも内緒にしといてな。大事な息子同然のが男とつきあっとると知ったら腰抜かすわ。」
「オフレコって、言ってたでしょ。わかってるわ。」
ひらり白衣をひらめかせて、哀は踵を返した。
「何かあったら、電話して。」
そう告げて足早に廊下を歩いて玄関へと向かうその背中に、平次の淡々とした問いが投げられた。
「ねーちゃんは驚かんな。気付いてたんか?」
振り返らず、白衣のポケットに手を入れながら哀は答える。
「十分驚いてるわよ。まあ、でも、これで色んなことが繋がった感じがするから。」
いいんじゃないの?と溜息混じりに返せば、平次の苦笑する気配が背中越しに伝わってきた。
鍵は閉めておくからと言い募り、答えを待たずして足を速める。
玄関の扉を音を立てないようにして閉め、合鍵で施錠していると、ふいにおかしくなって微かに笑みを浮かべる。
けれど、すぐに表情を引き締めて、哀はまだ煌々と明かりの灯る阿笠邸へと小走りに向かった。
02へ
熱いコーヒーが沁みて、口元が歪んだ。
わずかにしかめただけに留まったが、テーブルの向かい側にいた新一は見逃しなどしなかったようだ。
「どうした?」
「んー・・・口内炎ができててな。」
平次は頬に掌をあてながら呟く。
「ビタミン不足じゃねーのか?もっと野菜摂れ、野菜。」
「・・・お前に言われたくないなあ。」
少し拗ねた口調で唇を軽く尖らせれば、すでに食事を終えた彼は軽く笑って席を立ち、
熱いコーヒーを手にしたまま行儀悪く肘をついて拗ねていた平次の頭をぽんとはたいた。
珍しく彼よりも遅い食事時間となった平次は、横を通り過ぎる新一の後姿を視線だけを流して見送る。
ふと、平次の口元に小さく笑みが浮かんだ。
熱いコーヒーが口の中で沁みるのは本当。
昨夜の嬌態の果て、必死に平次の腕から逃げようとした彼の蹴りで口の中を切った。
朝、起きて見れば寝不足もあいまって口内炎へと変質したそれ。
(も、やだ・・・っ!や・・・)
目尻に浮かぶ涙に煽られて、少し苛めすぎたのかもしれない。
理性の糸が切れて、子供のように手足をばたつかせながらも、必死に快楽から逃げようと喘いでいた。
自分を蹴ったことなど、覚えてもいないだろう。
「けど、かわいーんやもんなー。」
反射的にこくりとコーヒーを口に入れて、またその痛みに顔をしかめた。
そしてまた、すぐにんまりと笑う。
しばらくこの痛みは、甘い囁きのように胸を満たすだろう。
リンク
最新記事
(06/10)
(05/20)
(05/19)
(11/20)
(11/17)
(11/14)
(09/20)
(08/12)
(05/04)
(05/04)
最新CM
[02/03 Agipuiv]
[01/30 Awobunup]
[12/21 pigAntina]
カウンター
最古記事
(06/10)
(06/10)
(06/14)
(06/19)
(06/20)
(06/23)
(06/24)
(06/26)
(07/06)
(07/10)
ブログ内検索
プロフィール
HN:
こば
性別:
女性
自己紹介:
二児の母。2009年に唐突に平新に。
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
アーカイブ
