「工藤」
名前を呼ばれて、はっと意識を取り戻す。
どれくらい眠ったのか、いや眠るほどの意識の喪失はないはずだ。
一瞬だけ落ちていたのか。握りしめていた掌を広げる。じんわり汗をかいていた。
「・・・なんだよ」
声が擦れる。喉が渇いていたことに急に気づく。
「喉、乾いてへん?」
「・・・・・・・・・乾いた」
あまりにタイミングのよい問い、そして感じる乾きにためらいながらも正直に応えてしまう。
背後で人の動く気配がした。平次が水を用意しているらしい。
足音が数歩、ベッドに近づく。
「ほれ、水」
ああ、俺は本当に馬鹿だ。これで振り返らなくてはいけなくなった。
布団の中でごそりと体を動かして、平次へと顔を向ける。
水差しでなくグラスを持つ彼が立っていた。
「起き上がれるか?」
「ん。」
ベッドに肘をついて、時間をかけながらも体を起こす。
その動きを平次が助けようとしないことに安堵しながら、なんとか上半身を起こす。
グラスを受け取ると、ひんやりとした冷たさが掌に伝わる。
その冷たさに誘われるように一口飲めば、喉だけでなく体全部に染みいる水分が心地良い。
こくこくと一気に飲み干してしまった。
息を大きく吐いて、肩の力が抜ける。
リラックスした手から平次はグラスを抜き取ると、ことりと小さく音をたててサイドテーブルへと置いた。
「工藤。」
平次の手がすうっと新一に伸ばされた。あの夢の瞬間のようで反射的に身が竦む。
一瞬だけ平次の手が固まり、けれど何事もなかったように新一の髪にその手が触れた。
長い指で髪を梳く。
「寝癖、ひどいで」
「・・・しゃあねえだろ、寝てたんだから」
ぱしんとその手をはたいてふりはらうと、新一は視線を顔ごとそらせた。
指先が触れた頭皮がヒリヒリするくらい、温度を残してつらい。
「せやな。よう寝とった。」
はらわれた手を平次は戻さない。宙に浮く手が何故だろう、ひどく目につく。
その掌が、腕が、この部屋でやたらと存在感をはなっている。
(よう寝とった。)
ふと言葉の違和感に気づいて、新一は顔をあげた。
「服部。お前、」
声がまた擦れる。
「ようやく、名前呼んだな。」
低く囁かれた呟きは新一の背中を凍らせるに充分。
「心配したで?ほんまに、心臓に悪いわ。」
あ、気が狂う。
そんなふうに思う瞬間があるんだ。
殺害現場や理不尽な暴力、どうしようもない誤解とか、すぎた無関心、
そうしたことが原因だったならどれだけよかっただろう。
それなら俺はまともじゃないか。
だけど俺はお前の傍にいて、例えばすれ違う時に気付く汗の臭いだとか、
ひそやかに笑うときの声の低さとか、電話の向こうで工藤と甘える声を出すときとか、
そんな瞬間にふらっと思うんだ。
ああ、・・・・・・・気が狂う。
来週から服部ターンってマジですか。
来週からサンデー読めば服部に会えますか。
かっこいい服部ですか?
そろそろ3Kみたいな服部に会いたいんですけど、どこにいけば会えますか?
泣いてないよおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!
そんな訳で、たあさんお返事でーす!
検査の途中で、蘭たちは戻ってきた。
彼の検査が終わるまで、病室を後にして高木刑事も加わり三人で病院前の喫茶店でお茶をしたらしい。
しばらくして病室に再び戻ると医者はもう検査を終えていたために、家族不在の代理人として結果を伺うべく蘭は診察室へと向かう。
異常がないことらしいこと、詳細な検査結果は後日改めて報告されることを医者から告げられた彼女は、
安堵の笑みを浮かべながら着替えを取りに行くなどと話し、自宅へと戻っていった。
もともと毛利家に泊まりを予定していた和葉も一緒についていく。
今日は小五郎が不在のため、平次は蘭からおずおずと申し込まれた泊まりの誘いを辞退した。
少しほっとしたような表情を浮かべた彼女は、ごめんねと平次を拝むようにして言い、
そんな蘭に和葉は「ええって、こんなん野宿でも平気やわ!」などと言い放つのを平次は軽いジョークを交えて笑っていなし、
片手をひらひらとさせて病室から彼女たちを見送った。
二人だけになる病室。
面会時間はとうに過ぎている。
帰らないのか、と問えば、うん?まあ、ええやないか、などとはぐらかしたままベッド脇の椅子に腰掛けて離れようとしない。
新一は焦りを感じ始めていた。
点滴に混ぜられた薬の影響でとろとろと眠気が再び襲ってくる。
また眠るのは、怖い。
せめて彼がいる間は起きていなければ。
時折看護婦が来て様子を見に来るが、平次には会釈するばかりで特に何を言うわけでもない。
電話などで平次が数回席を立つこともあったが、その時に病室にいるための根回しをしていたのかもしれない。
そういうところは妙に聡いところがある。
ふっと溜息を吐き、天井を仰ぐ。白いそこは代わり映えはしないただの天井で、そしてやたらと夢を思い出させる。
同じ景色なのがいけない。
平次がいることで、よりこの部屋はあの夢と同じ空気をまとう。
ごろ、と寝返りをうち、平次に背を向ける。途端、強く視線を感じた。わざとはずしていたのかよ、とまた溜息が出る。
「なあ、・・・事件、進展あったか?」
沈黙が痛くて、新一は答えのわかりきった問いを平次へと投げる。
「わからんな。今は事情聴取しとるとこ。お前も明日には聞かれるから、そんときにはわかるやろ。」
「そうか。」
「おん。」
いつもなら騒がしい男が、静かなのもいけない。
病室だから、という配慮ではない。
彼自身が、やけに静かだ。
言葉だけでなく、雰囲気までもが夜の海に似てひどく穏やかで、・・・静かだ。
その違和感は新一を落ち着かなくさせる。
二人で居る時の沈黙なんて、心地よさを感じることはあれど、こんなふうに焦りを伴うものではなかった。
何か話さなければ。彼が何かを言う前に。
何故そう考えるのか、その原因から目を背けながら新一はぐるぐると思考を回す。
ぐるぐるぐるぐる。
白い壁が歪んで、ぐるぐると、目眩に似た、あれ、俺、・・・変だ。
思考の混濁、それが眠気だと気付き新一は目を必死であけようと何度も瞬きを繰り返す。
体が重い。上半身を起こすのもおっくうなほど。
けれど平次の前でだけは、眠りたくない。
口の中を噛んで耐えようとした。それでもふと意識が途切れる。
bitter 続きです。
前回まではこちら。
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唐突にインターフォンの音が部屋に響いた。
思わずびくりと肩を揺らす。
動けない。
ごくり喉を鳴らす。誰だ。この部屋にインターフォンを鳴らすのであれば、それは平次ではないだろう。
いや、もしかすると平次かもしれない。自分が身支度を調えているかもしれないと気遣っているのか。
もう一度、鳴る。
指先が冷たくなるのを感じた。それでも、この扉は開けなければならないのだろう。
心音が耳を打つ。新一は扉におそるおそる近づいた。
「洗濯物を取りに伺いました。」
扉の向こうから若い女性の声がした。
安堵で大きく息を吐く。肩の力が抜けたのに気づいて舌打ちした。
もう一度インターフォンが鳴ったのを聞いて、慌てて扉を開ける。
ホテルの従業員の制服を来た女が一人立っていた。
慌てて濡れた服を渡そうと踵を返した直後、遠くから悲鳴が聞こえた。
驚いた顔で従業員の女も声のした方を見て、どうすればいいのか迷うのか新一と声のした方を交互に見る。
続けてまた、悲鳴、そして誰かの名前を連呼する叫び声。
「すみません、服は浴室にあります」
そう言い捨てて、立ちすくむ彼女の脇をすり抜けて新一は走り出した。
長い廊下を走ると、エレベーターの前で人だかりが出来ていた。平次の声も聞こえてきた。
Tシャツにジーンズというラフな格好に着替えた彼が、集まる人の中心に立ち指示を出している。
警察への連絡、救急車の手配、きびきびとした声にホテルの従業員達が弾かれたように駈けだしていく。
事件の匂いと、空気。先程までの逡巡も立ち消える。新一はさっと周囲を見渡した。
集う人間の顔、表情、仕草、そして何か違和感ある事柄はないか、物は落ちていないか、脳を回転させながらすっと平次の傍に近づく。
エレベーターの中には僅かな血だまりがあり、男が気を失い倒れている。大きく胸が上下して呼吸していることが見て取れた。
ひとまず命が失われていないことに安堵する。何かで殴られたのか、眼鏡が割れて廊下の床に転がっていた。
黒いスーツの年配の男が従業員を数人引き連れ早足で近づいてくる。ホテルのマネージャーのようだ。
新一は彼に近づく。ここに集まる人間の確保と現場の保存の依頼の為だ。
男に声をかける直前、平次と新一は一瞬だけ視線を交差させた。すぐに頷きあい、二人は互いの捜査に没頭する。
何処を探るのか、何処を任せればいいのか、そんな打ち合わせはいらない。
探偵が二人、背中合わせに立てば死角などないのだから。
高揚する気持ちを腹に納め、新一は訝しげにこちらを見る男に探偵だと名乗った。
「工藤、大丈夫か!!」
肩を上下させている。急いで走ってきたことがわかる。
あんな夢を見た後なのに、姿を見れば嬉しくてじわりと湧き出る何かが心に広がる。
けれどその姿をよく見て、ぞ、わ、と再び自分の肌が泡立つ音を聞いた。
彼は夢と寸分違わぬ姿でそこに立っている。
着ている服も、靴も同じだった。
濃いグレーのTシャツに薄手のウエスタンシャツを羽織り、ジーンズにオフホワイトのスニーカー。
バイクではなく交通機関で移動する場合の格好だ。帽子はかぶっていない。それも夢と同じ。
違うのは今、息を切らし、ぐいと手の甲で口の端を拭う。
「工藤」
呼ぶな。
あの夢のままに叫びそうになるが、すぐその後ろから現れた蘭や和葉、そして医者と看護婦の姿に声を押しとどめることができた。
「・・・おう。」
何気ない様子を装って、出来る限りなんでもないというふうに声を出した。
その途端に涙を流して抱きついてきた蘭を、慌てて抱きかえし髪を撫でる。
口元は笑いながらも何故か眉を下げてこちらを見ている平次と、蘭につられて涙ぐむ和葉。
ああ、大丈夫。何も変化はない。いつもの日常に近い風景。
心から安堵して蘭をぎゅっと抱き締めた。
大丈夫、俺の貝は蓋を開けぬまま、まだ海の底で眠っている。
「新一・・・」
肩口に押し当てられた瞼から熱い滴、その彼女の優しさにつけこんでいる錯覚を起こしてそっとその体を離す。
視線をあわせて、大丈夫だよと笑えばうん、と小さく頷かれた。
「もう、心配ばっかりさせて、新一ってば・・・」
「よかったなあ、蘭ちゃん。」
うなづきあう女性陣と、ただ笑っているだけの平次。
その笑顔に少しの違和感を覚えたけれど、蘭が突然新一から離れて腕を天井に向けたから意識がそちらに移動した。
蘭は うん、と伸びをして、あーよかったと1人呟くとにっこりして周囲を見渡す。
「ほっとしたらなんだか喉が渇いちゃった。何か買ってくるね。」
「蘭ちゃん、うちも一緒にいくわ。平次、しっかり工藤くん見といてや。」
「あほう、ええからはよ買ってこいや。俺はコーヒーな。」
「はいはい、無糖でええな?」
「おう、」
「新一は・・・」
視線で答えを促すと、それを遮るように医者が言葉を挟む。
「工藤さんはまだ目覚めたばかりですので、室温の水を用意してあげて下さい。それと、まずは検査を」
「あ、そうですね、ごめんなさい。じゃあ」
買い物へ行こうとしていた蘭は、医者の指示通り水を用意しようと持ち上げかけた鞄を椅子に戻そうとした。
「俺が用意するわ。」
いつのまにか平次が水差しを持っていた。グラスへと水を注ぎながら軽くウインク。
「毛利のねーちゃんは和葉と買い物いっといで?な?」
「あ、あの、ありがとう」
ためらいがちにお礼の言葉を言う蘭の隣で、少し唇を尖らせた和葉が一歩踏み出す。
「平次もたまには気いがきくなあ。珍しいわあ。」
「たまには余計じゃ。はよ行き」
飲みやすく六分目まで水が注がれたグラスを持った手で扉をさすと、舌を出した和葉が蘭の手をひきながら出て行く。
ひょいと新一の目の前に出された水を新一は受け取ることができなかった。
腕がうまくあがらないのも原因ではあったが、それ以上にまだ動揺している。
「わりい」
わずかに手を振り水を断ると、平次が医者の顔を見た。医者は頷いて無理に勧めることはないですと応える。
医者は看護婦とともに新一の傍へと近づき、診察を始めた。
平次は場所を譲るように新一から離れる。偶然か、故意か、彼がそうして立った場所は夢と同じ位置。
新一は、動揺する心音が検査に響かなければいいとベッドの上に置いた拳を軽く握った。
「工藤、大丈夫か!!」
肩を上下させている。急いで走ってきたことがわかる。
あんな夢を見た後なのに、姿を見れば嬉しくてじわりと湧き出る何かが心に広がる。
けれどその姿をよく見て、ぞ、わ、と再び自分の肌が泡立つ音を聞いた。
彼は夢と寸分違わぬ姿でそこに立っている。
着ている服も、靴も同じだった。
濃いグレーのTシャツに薄手のウエスタンシャツを羽織り、ジーンズにオフホワイトのスニーカー。
バイクではなく交通機関で移動する場合の格好だ。帽子はかぶっていない。それも夢と同じ。
違うのは今、息を切らし、ぐいと手の甲で口の端を拭う。
「工藤」
呼ぶな。
あの夢のままに叫びそうになるが、すぐその後ろから現れた蘭や和葉、そして医者と看護婦の姿に声を押しとどめることができた。
「・・・おう。」
何気ない様子を装って、出来る限りなんでもないというふうに声を出した。
その途端に涙を流して抱きついてきた蘭を、慌てて抱きかえし髪を撫でる。
口元は笑いながらも何故か眉を下げてこちらを見ている平次と、蘭につられて涙ぐむ和葉。
ああ、大丈夫。何も変化はない。いつもの日常に近い風景。
心から安堵して蘭をぎゅっと抱き締めた。
大丈夫、俺の貝は蓋を開けぬまま、まだ海の底で眠っている。
「新一・・・」
肩口に押し当てられた瞼から熱い滴、その彼女の優しさにつけこんでいる錯覚を起こしてそっとその体を離す。
視線をあわせて、大丈夫だよと笑えばうん、と小さく頷かれた。
「もう、心配ばっかりさせて、新一ってば・・・」
「よかったなあ、蘭ちゃん。」
うなづきあう女性陣と、ただ笑っているだけの平次。
その笑顔に少しの違和感を覚えたけれど、蘭が突然新一から離れて腕を天井に向けたから意識がそちらに移動した。
蘭は うん、と伸びをして、あーよかったと1人呟くとにっこりして周囲を見渡す。
「ほっとしたらなんだか喉が渇いちゃった。何か買ってくるね。」
「蘭ちゃん、うちも一緒にいくわ。平次、しっかり工藤くん見といてや。」
「あほう、ええからはよ買ってこいや。俺はコーヒーな。」
「はいはい、無糖でええな?」
「おう、」
「新一は・・・」
視線で答えを促すと、それを遮るように医者が言葉を挟む。
「工藤さんはまだ目覚めたばかりですので、室温の水を用意してあげて下さい。それと、まずは検査を」
「あ、そうですね、ごめんなさい。じゃあ」
買い物へ行こうとしていた蘭は、医者の指示通り水を用意しようと持ち上げかけた鞄を椅子に戻そうとした。
「俺が用意するわ。」
いつのまにか平次が水差しを持っていた。グラスへと水を注ぎながら軽くウインク。
「毛利のねーちゃんは和葉と買い物いっといで?な?」
「あ、あの、ありがとう」
ためらいがちにお礼の言葉を言う蘭の隣で、少し唇を尖らせた和葉が一歩踏み出す。
「平次もたまには気いがきくなあ。珍しいわあ。」
「たまには余計じゃ。はよ行き」
飲みやすく六分目まで水が注がれたグラスを持った手で扉をさすと、舌を出した和葉が蘭の手をひきながら出て行く。
ひょいと新一の目の前に出された水を新一は受け取ることができなかった。
腕がうまくあがらないのも原因ではあったが、それ以上にまだ動揺している。
「わりい」
わずかに手を振り水を断ると、平次が医者の顔を見た。医者は頷いて無理に勧めることはないですと応える。
医者は看護婦とともに新一の傍へと近づき、診察を始めた。
平次は場所を譲るように新一から離れる。偶然か、故意か、彼がそうして立った場所は夢と同じ位置。
新一は、動揺する心音が検査に響かなければいいとベッドの上に置いた拳を軽く握った。
しばらくは拍手もコメもないだろうとタカをくくっていたこの数日。
すみませえええええんっ!コメントひさかたぶりにいただいていた、ありがとうございまああす!
そんな訳で、以下、コメント返し&拍手レスです。
kanaさん、いすずさん、ありがとうございました。つづきはこちら、をクリックしてどうぞ!
職場の上司が関西弁の服部という人だった話はしたと思う。
先日、お昼をとっている土岐にその上司と子どもの話になった。
「自分、子どもの名前なんていうの?」
「あ、◎◎と××です。」
「へ~、かわった名前やなあ。どうせならわかりやすく”新一”とかにすればよかったのに」
まて。
な ん で そ こ で そ の 名 前 セ レ ク ト し た 。
服部だからか?あんたが服部だからか?
服部って名前の関西人は、新一という名前に特別な思い入れでもあるんかい。
あるんですか!
私、この時うまく笑えていたか自信がないよ。によによしてないか自信がないよ!
ダッシュでロッカーかけこんでモダモダしたよ!
やっぱり服部と工藤は運命の人なんですね!わたしこの事件で確信しました。
服部平次と工藤新一はリアル三次元までその影響を人の無意識下にもたらしめるほど素晴らしいカップルです。
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
