bitter 続きです。
前回まではこちら。
bitter bitter2 bitter3 bitter4 bitter5 bitter6 bitter7 bitter8
「お前が幸せになるなら、まだあきらめることができたかもしれん。
なのに、なんや?なんでこないな場所で女連れ込むような状況になってるんや。」
新一を抱き寄せながら、平次は必死に声を抑えている。
耳を塞ぎたい衝動は、平次のその腕に阻まれてかなわない。
けれどそれは、その誹謗に傷ついたからではない。新一はひどい怒りに駆られている。
あきらめる、なんて。
どうして自分が、今こんな状況に陥っているのか。
その元凶たる人物から非難されれば、それがヤツあたりと自覚していても怒りがわく。
・・・自分が蘭の傍に戻れば、彼も以前と同じ位置に戻るだろうなんて、浅はかな考えにも。
けれど現実、自分は蘭の傍を離れ、平次もまた。
そうだ、平次も自分と同じように、女を連れてはいなかったか。
エレベーターから足を踏み出した最大の理由を、今更ながらに知る。
自覚しないまま、突き上げる衝動のままに踏み出した足。
「女のことで文句言われる筋合いはねえ。てめえだって、…そうだ、てめえだって。」
女と一緒に、このホテルに。
口にしてしまうには、あまりに苦しい事実に新一は口篭る。
しかし、それは彼の不審を招くだけだろう。
強く力を込めて平次の腕を振り払う。今度は彼もその抵抗を受け入れて、囲んだ腕をほどいた。
なるべくこの出来事が軽く見えるように、新一は鼻先でふんと笑うと長い前髪で表情を再び隠して言葉を突きつける。
「お前だって、女と一緒だったじゃねえか。それで、明日は結婚式。めでてえじゃねえか。」
「は?」
口をぽかんと開けた平次が新一を凝視するが、その間の抜けた表情が新一の怒りに拍車にかけた。
喪失の不安から無意識に選んだ、――否、縋った答え。
どうしてあの時、蘭の存在へと縋ったのか。けれどもう、その答えへ向き合うことはない。
立ち上がろうと膝をついて腕ごと半身を持ち上げようとすれば、平次がその手首を掴んで新一を見上げた。
「工藤、ちょお待て。」
「関係ねえ。お前は結婚するんだし、俺はもう」
そうだ、自由になる。
吐き気のするような、禍々しい思いに飲み込まれるようなこともそのうちなくなるだろう。
人の想いは、時間が風化させてくれるものだから。大丈夫、きっと。
捕まれた腕を振り払おうとするが、今度はそれを許さない平次が跡が残るようなきつさで再び力を込める。
いっそ蹴り上げてこの場から消えようかと やや腰を下げて身構えたが、続けられた平次の言葉にその力は抜けた。
「だーかーら、なんで俺が結婚なんかするんや!」
怒りよりも狼狽えるといった表情の平次に、新一は毒気が抜かれてしまう。
「明日は式だって言ったじゃねえか」
そのまま質問を返せば ぽかんと惚けた顔になり、そしていきなり怒鳴りこまれた。
「俺はお前が好きやて言うとるやろ!」
「じゃあなんで女なんかといるんだよ!」
「アホぅ、あの人は俺の従姉妹やっ!」
がなるように言い立てられ、平次は思わず怒鳴り返した。
その言葉に今度は新一が目を丸くする。
新一の表情に少し頭の冷えた平次は、ぽつぽつと状況をあらためて説明する。
「親父は仕事、おかんは葬式、残った俺が出席するだけやないか。」
服部の親族ともなれば、それなりに名士が揃うのは当たりまえなのだろう。
両親の代理である平次がそれらに対応すべく、前日から顔を合わせるメンバーに合わせてスーツで上京するのも頷けた。
もともとパーティなどの代理出席は学生の頃から任されるほどだったのだから、対応が慣れていて当然だ。
理路整然と説明されて、まったく違う印象へと変貌したエレベーターの出来事を思い出し、
新一はくたりと膝が抜けてしゃがみこむ。
「なんだ、そうか。…はは。」
馬鹿みてえ。
顔を両の掌で覆い、背を揺らして自嘲する。
「勘弁してくれ…。」
見下ろす平次がどこか困ったような口調で呟いて、新一と同じようにしゃがみこんだ。
すぐ隣で頭を抱える平次を見ると、視線に気付いた彼が横目で新一を見返す。
「ほんまに変や、お前自分が何言うてるかわかっとるんか?」
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
