連休の重なる週末、部活でよほど忙しい時をのぞいて彼はよく東へと通ってきた。
嬉しいと思う反面、自覚した心故に苦しさも感じる。
そっけなく対応しようにも、にじみ出るのは何とやらか。
浮き立つ気持ちを抑え切れていなかっただろう、気づけば面はゆい顔でこちらを見ていたヤツの顔が浮かぶ。
それもすぐ事件に巻き込まれて、なしくずしに東西へと別れていく日常。
またな、と家を出て行く後ろ姿、その輪郭が西日の光を浴びてきらきらと弾いていた。
バーロウ、てめえがいるとゆっくりできねえ。もう来るな。
なんて軽口を叩けば、何故か被っている帽子の鍔をきゅっと掴んだ。
彼の幼馴染み曰く、”スイッチオン”。
手首を翻して鍔を前へ向けると、ふうっと笑って何も言わずに玄関を閉めた。
妙に、意味深げな視線を残して。
扉の閉まる音、鍵をかける自分の指、金属の硬い音が隔絶を示すと心は解放される。
走って2階へと駆け上がり、門の見える書斎の窓へと近づいて、けれど彼から姿を見られるなんて浅はかなドジは踏まない。
窓辺から二歩ほど離れた場所、門からは死角になる位置から息を詰めて彼が出て行くのを見守る。
錆び付いた門の音が聞こえない距離。
後ろ手に閉める彼は、何故かいつもこちらを見ない。
俺も声を出さない。息を詰めて、背中が見えなくなるまでずっと見つめている。
それだけを自分に許している。
西へと向かう新幹線に彼が乗る頃、新一は書斎に蹲り何度も恋を殺そうと呟く。
同性だとか、彼には幼馴染みがの女がいるよ、とか、探偵として傍にいたい、とか。
暗示をかける言葉を口の中で何度も何度も呟く。
折り曲げた膝の間に体を落として耳を塞ぎながら、何度も何度も催眠をかけるかのように何度も、…呟く。
胃の壁が溶ける感触を存分に味わいながら。
そんな思いを飲み込んでいるコトも知らず、目の前の男はじっとこちらを見ている。
花、なんてらしくねえもの持ち込みやがって。
思わず唇を歪めて笑う。
浮かんだのは、最初の見舞いのこと。
博士に請われたとはいえ、飛行機に乗ってまで大阪から文字通り飛んできた。
蘭が気付いているかもしれないと、その悩みを真摯に受け止めて、
間抜けな方法ではあったものの身を張って俺をかばってくれていた。
あの時の百合の花は一応受け取ったけれど、やはり香りがきつくて蘭が持ち帰ったんだよな。
そこまで考えて、ふと気付く。
香り?
・・・・・・・おかしい。
違和感に気づき、新一は周囲を見渡す。
動かないはずの体、それなのに視線は首を回したかのようにぐるりと動く。
ここは病院で、ならば独特の消毒液の香りがするはずではないだろうか。
けれど何も香らない。無機質な硬い空気を感じるだけ。
花瓶にこんもりと盛られた霞草、白薔薇は10本を超えているというのに花の匂いもこちらへと香らない。
視界の動きも妙だ。
身動きできない体だったはずだ、実際に動いている感覚もない。
それなのにさきほどは部屋中をぐるりと見渡した。
何より平次をまじまじと見て俺は笑ったはずだ。
俺が意識を取り戻したのに気付けば、平次は声をかけてくるだろう。
彼ならば迅速に医者を呼ぶことも忘れない。
それなのにまだ、ただ新一のベッドへと視線を預けたまま立ちつくす。
新一の背中に冷たいものが走る。ごくりと唾を呑んで、探偵としての目で部屋中を観察する。
何故に今まで気付かなかったのか。
窓が開け放たれているにも関わらず、ひらりとも揺れないカーテン。
砂時計の砂は、上段の砂が残りながらも一粒もその時を零すことなく。
---いけない。これは夢だ。
どくり、と新一の心臓が跳ねる。
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
