先日の事件の名残を色濃く残す5階建ビルは、火事の煤を全身に纏い、
ひび割れた壁にしがみつくかのように張り付いた非常階段は、
熱による変形を受けながらもかろうじてその役割を担っていた。
高木刑事に気になる点をいくつか照合してもらっている間に、ふっと思いついたこと。
気づいた瞬間手短に電話を切ると、躊躇無く何も考えることなく走りだした。
犯人が証拠を残しているだろうことに気づいたのも、
その犯人がここへと向かったことに気づいたのも、少し遅かったのかもしれない。
こちらの場所の情報を伝えるいとまもないまま、走り続けてあがる息を手の甲で押さえつつ、
見上げたのはこのビル。
途中携帯が数度鳴ったが、走るのに精一杯で取ることはできなかった。
甲高い音を立てながら階段を上り、3階の殺害現場の部屋に足を踏み入れた。
黒ずんだ壁に四方を囲われており新一は眉をしかめる。
足下のジャリとした音に床を見れば、割れた窓ガラスのかけらがひでひしゃげていた。
そうして部屋を数歩歩いた新一は目当てのモノを見つけて、拾い上げる。
潜む気配と推測から犯人の名前を呟けば、部屋の隅に置かれた大きなソファの影から背の低い男がびくびくと立ち上がった。
蒼白な顔色で新一が拾い上げた証拠を見つめている。
それをもとに推理を披露すれば、ますます色を失う顔色がそれを事実だと認めていて、
せめて自首を勧めようとすれば、言葉の途中に彼は「もう終わりだ」喚きだす。
宥めようと近づいた新一を突き飛ばし、一瞬反応の遅れた探偵を横目に犯人は非常階段を上へと登りだした。
自棄を起こしていることは明らかだった。上へと登ったのが何よりの証拠。
口の端を泡だたせながらパニックになって駆け上る男に、自慢の脚力も追いつかない。
死なせてたまるかと階段を駆け上る最中、新一は昨晩の雨で踊り場にたまる水に足を滑らせた。
バランスを崩した上半身は、運悪く火事でただれて柵としての役割を為さぬ残骸に向かって倒れ込んだ。
ぐにゃりと熱で溶けて大きくU字に歪んだ柵が視界からスクロールし、代わりに眼前に広がるのは遮るモノが何もない視界。
足下の地を踏まぬ感触に全身が総毛立つ。
やべえっ、と腕を思い切り伸ばしてギリギリ柵を掴んだ。右腕に全身の体重が一気にかかる。
肩にひどい痛みが走った。背中にまで突き抜けるその痛みに筋を違えたかと、舌打ちする。
ぶら下がったまま、上を見上げると2階ほど上の階にある柵の向こう側、乗り出すようにしてこちらを見下ろす犯人は先程までの死を意識した顔ではなく、打算と安堵が入り交じる表情を浮かべていた。
すうっと柵の向こうに犯人の姿は消える。
金属を踏む靴の音がせわしなく鳴り、近づいてくる気配がした。
「・・・やべえな。」
彼が何をしようとしているかは明白。
真下には花壇が広がっているが、この高さから落とされれば無傷ではいられない。
命の保証が難しいほどの高さにまで登ったことを後悔しながらも、この状況によって相手は死ぬ気力を失ったようで、
命を握られている状況が近づいているにもかかわらず、新一はほっと安堵の息をついた。
体を振り子にして下の階の踊り場へと降りるのが得策だろうと、ゆっくりと体を振り始める。
けれどタイミングは難しい。
急いで行えば犯人はまた上へと駆け上り、今度こそその身を地面へと投げ出すかも知れない。
ギリギリまで引きつけて、すぐ傍に、駆け寄って相手を押さえるくらいの距離まで待たなければならない。
腕を軸に体を揺らすたびに、ギイギイと錆びた音が響く。
もう少し、もう少し、とタイミングをはかる最中、ペキリと軽い音とともに新一掴まっていた柵が折れた。
新一の体重でみるみるひしゃげていく柵、まさに飛び飛びださんとしていたことも災いして右手がするりと離れた。
あ、と思うも束の間、重力に従い落下する体。スクロールしていく階下の柵へとがむしゃらに腕を伸ばす。
2つほど柵を見逃した後、なんとか指先に柵が触れた。
一瞬だけ落下が停まるものの、ずるりとすぐに指は離れる。
伸ばした指先に、やたらと青い空が映り込んだ。
届かないモノの象徴のように、飛行機雲が一筋流れていた。
おまたせしましたー!本当に長いことお待たせしました。
まだ見ていて下さるでしょうか、3万ヒット御礼、たあさんのリクエストです。ちょっと続きます。
※23:23さん、誤字のご指摘ありがとうございます!うわああん、本当だー!気づくくらいきちんと読んで下さってありがとう!本当にありがとうございます!
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
