薄い緑色のカーテンがひかれている窓、その二枚の合わせ目の隙間から柔らかい光が零れる。
はらはらはらと、光の粒子にオルゴールの音を混ぜた錯覚さえ覚えるゆったりとした静寂。
光は窓の下に置かれたサイドテーブルに散らばり、そこに置かれている砂時計に弾かれながら、
ガラスの緩やかなフォルムに沿って床へと落ちていく。
桜の花弁みたいだな。
ぼんやりと覚醒する意識の中、新一はそう考える。
ここは病院だろうか、置かれた砂時計に見覚えがあった。
以前入院した際に、体温を測るために病室に備え付けられているのを思いだしたからだ。
白い壁で四方を囲まれた部屋、細いパイプで構成されたベッド、4本の足で立つ背もたれのない丸座の折りたたみ椅子。
見慣れた場所のようだったが、でもそこは以前入院したところとは少し違う雰囲気がした。
どこだろうか、と訝しむ。
病室は個室だろうか、他には誰もいない。医療関係者の気配も付き添いの人間の気配も何一つ。
それを証明するように、音がない。
ちり、と胸の奥で僅かな焦燥感。
状況の把握をしなければと記憶をたぐり寄せ、ようやく自分がビルから落下したことを思い出す。
体を動かそうと試みるも、ひどく重たい感じがして指先すらぴくりとも動かない。
痛みは感じないのは麻酔でもかけられているせいだろうか。
溜息をつくと、動くことをあきらめてゆるりと力を抜いた。
天井を見つめながら、現場となったビルの状景を思い起こす。
犯人は捕まっただろうか。
証拠である物品は、犯人の手には渡っていないだろうか。
楽観的な思考だが、何となく事件は解決に向かっている予感がある。
落ちる瞬間誰かの叫び声を聞いたような気がした。
近くに人がいた証拠だ。
聞き覚えのあるその声は、自分の名前を呼んでいた気がする。
高木刑事とは、直前まで電話のやりとりをしていた。
彼は見かけによらず勘が鋭い。
新一の電話での応対に不審を抱いて、追いかけてくる可能性も高かった。
だとすると俺、かっこわりいなあ。
自分のドジに心の中だけで悪態をつきつつも、そうであってくれと思いながらまた溜息。
ふと、廊下の向こう側、人が近づいてくる気配がした。
蘭だろうか。こういう場合、彼女が付き添うことが多い。
また怒られるだろうな、と乾いた笑いを口元に浮かべて病室の入口を見つめた。
病室の開かれたままの扉から、重力も感じさせないまま、男が一人入室してきた。
両手には様々な白い花をわさりといけた花瓶を持っており、黒い肌に艶やかにその白が映える。
花束の中心を担う溢れんばかりの霞草は、彼が歩くたびにふわりふわりと空気を動かすことのないやわらかさで揺れた。
サイドテーブルへ花瓶を置くと、男はそのままテーブルに片手を突いてこちらを見る。
あ。
ぴくんと指先が跳ねる。
こんな時には一番見たくない顔がそこにあった。
・・・そういや、週末は連休だっけ。
胃の腑にじんわり熱いものが滲んでいく。
会いたくなかった。やんわりと会う回数を減らすようにしていた。
だけど本当は、馬鹿みたいに会いたい会いたい・・・なんて、願っている男の顔が。
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
