壁にかけられた時計が、時刻を告げる音を鳴らす。
それを見ることもなく、男はゆっくりと立ち上がった。
「時間がないよ、工藤くん。」
「・・・・・・。」
新一はゴクリと息を呑む。
横目で時計を睨みつける額に、じんわり汗が浮かぶ。
「返事を聞こうか。」
「・・・・・・俺は、」
突然の電話のベルが、緊迫した空気を散らした。
連絡が入ることなど予期できるはずもない男が、慌てたかボタン操作を誤り電話のスピーカが機能する。
「もしもーし。きこえまっかー。」
聞こえてきたのは、場違いに陽気な大阪弁。
「・・・誰だ・・・!」
男がうろたえると同時に、新一はほっと息を吐く。・・・保険は効いたようだ。
「あんたこそ誰や?・・・っと、まあええわ。とりあえず工藤そこにいてるやろ?」
「服部!」
「おー、いてるいてる。」
向こう側へ聞こえるよう大声を上げると、からりとした声が返った。
ちゃんと聞こえるでーと平次はさらに大きな声で自己主張した後、うってかわり今度は静かな声で話し出した。
「おっさんの友達な、とりあえず眠ってもろうてる。」
平次に見つかった「彼」は、この状況をどう抜け出すか判断を迷った。
無関係な人間は巻き込みたくない。
けれど今日という日を逃せば、あいつらに復讐する機会を失うかもしれない。
しかも目の前の男を見逃せば、自分に手錠が架せられる可能性が高い。
だが、ここで起爆装置を押せば自分の証拠も残る―――。
どうするか、そんなうろたえる隙を逃す平次ではない。
「堪忍。」
一言、そう呟きすっと背後へ回りこんで延髄へと手刀を落とした。
へたりこむように倒れる男を眼下にし、そうしてすばやく周囲を見渡す。
娘の無念の痕を根こそぎ抉りとろうと、倉庫自体を破壊するためにしかけられた爆発物が
建物の基盤を揺るがす位置にまだ鎮座している。
数十分後、それが起動して全てを消しさる予定だった。
今度も爆破の証拠が残らないよう、古いガス管の位置などを計算にいれていたため、
平次は以前の事件状況から爆破物の位置も特定できていた。
だからこそ、男の潜む位置も知りえた。
「現場にあってもおかしないもんで、こんだけのもん作るんはすごい技術力やな。」
感心しつつ、解体するべく爆破装置へと近づく。
「工藤の資料の通りなら、アリバイもきっちりみっちり作ってんやろなぁ。」
仮に怪しい証拠があがろうとも、男が彼のアリバイを証明して彼は無罪になる手筈だ。
男は、それだけの力を持っている。
毛利探偵事務所へ来訪したタイミングを考えれば、それは明白だ。
おそらく、警察内部からなんらかの形で情報提供があったとみていいだろう。
それを逆手にとったのは、さすが工藤新一だが。
結果から言うと、爆破物は起動しないように処置できたが、
物音を聞きつけた複数の男たちが、平次をぐるりと取り囲んだ。
「おーおー、こりゃあご丁寧に大勢でお出迎えでっか。」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、こきりと拳を鳴らす。
柄の悪い服やタトゥーを纏い、悪役の決まりセリフを並べ立てながら、
その男たちが平次へと飛び掛ってきて――、数分の後に平次の足元に倒れ付した。
そして、最初に気絶させた男から電話を探り履歴からここの連絡先を割り出したのだ。
「姉ちゃんのお使い頼んだんは、おっさんやろ?俺が毛利の姉ちゃんに代わって届けに来たっちゅーわけや。」
電話を持つ平次は木刀のようなものを反対の手で握っており、杖のようにして肘をつきながら話をしていた。
木刀らしきものは誰が持っていたのか今となってはわからないが、
おそらくその当人は持っていたことを後悔しただろう。
電話の声の主では埒が明かないと見たか、振り返り視線で問う男に新一は頷いた。
「こちらへ伺うことを決めたとき、友人に連絡をとりました。」
「友人・・・?」
「もしも蘭が、毛利探偵事務所を出るようなことがある場合にはそれを阻んでもらうようにと。」
そして、後はまかせるとも言った。
まあ言わずとも、今の結果を携えて彼はあの場所に立っているだろうが。
昨晩の深夜遅く、新一は平次へと連絡をとった。
突然の無礼な電話にも関わらず、眠たげな声一つ出さないまま平次は新一の無理な頼みを二つ返事で了承した。
新一がFAXした事件の概要を確認するとだいたいの仮説の目処がつき、新一の意図を汲んだ平次はその足でバイクに跨った。
例の倉庫までは、蘭が電車などを使えば一時間程度かかるかもしれないが、バイクで行くとなれば飛ばして20分ほどの距離だ。
まして、蘭は男に指定された時間に遅れぬよう、彼の計算よりも早い時間帯にでかけようとしていた。
平次がポワロの前で蘭を掴まえ、新一には自分が代理で頼まれたと嘘をついて場所を聞き出した。
ちょっと、苦しい・・・?
何故だと自問自答しつつも数年ぶりに筆をとる。
